341話・見世物小屋が暮れてから
大広間では鵺による見世物芝居が続いている。
おどろおどろしいオルガンの音が鳴り響く。
不気味な仮面の男は大仰な身振りで礼をする。
「さあさ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。今宵の仮面劇は道化芝居。夢か現か現が夢か。お代は見てのお帰りにござい。さあさ紳士淑女の皆々様よ、お楽しみあれ」
抑揚をつけた声で語られる前口上。
それが終わるや否や、緞帳が開いてむっちりした半裸の火吹き男が現れる。
どこからか鳴り響く銅鑼の音。
「火は危ない!」
ミウラサキが超加速して火吹き男に飛び蹴りを入れる。
しかし、その攻撃は巨漢をすり抜けて空振りとなった。
火吹き男は何事もなかったかのように、派手に火を噴いた。
ポワッという音を立てて、火の玉は舞い上がり、客席に落ちていく。
「ああっっ、熱……くない」
「これも……幻影?」
ざわめく会場の参加者たち。
下着姿の小夜子は、スキル『乙女の恥じらい』による障壁で彼らを守る。
「みんな、幻影だろうと、油断はしないで! いつ攻撃が来るか分からないわよ」
もっとも、この襲撃で真っ先に命を狙われるのは俺とエルマだ。
俺たちの守りは知里が引き受けてくれている。
エルマはコボルト2匹にもガードされているが、敵の実力を考えたら壁にもならないだろう。
「厄介な幻術で、悪趣味な見世物を見せられるなんてね。ショービジネスは幻じゃないのよ。夢なんだから!」
ヒナは幻術を解呪しようと、様々なディスペル系の魔法を試しているようだ。
俺は彼女に近づき、そっと耳打ちする。
「ヒナちゃんさん。知里さんの話では、幻影魔法が使われた形跡がないって」
「どうかしら。失われた古代魔法か、特殊スキルかも。それが特定できれば、解呪してみせる」
「いや、素人の直感だけど、麻薬もしくは幻覚効果をもたらす毒なんじゃないか」
「……!……」
ヒナはハッとした後、頷いた。
「敵の幻術を破るのではなく、ヒナたちのバッドステータスか」
これほどの幻術を駆使できる敵ならば、厨房に入って毒を盛るのも容易だろう。
殺意は感知されるが、逆に言えば殺すつもりがなければ敵意感知の魔法にも反応されにくい。
エルマが悪ふざけでやろうとしていた作戦の裏で、似たような計略が進んでいたとは……。
「確かに知里がいない隙をつけば、料理に幻覚薬を入れるのは容易だわ」
「ただ相手がどこまでこちらの戦力を把握してるかは全く読めない」
「例の蛇さんを逃がしたのは、悪手だったかもね……」
俺とヒナは顔を見合わせてうつむいた。
「だけど、幻覚薬でみんなに同一の幻を見せるなんてことはできるのかしらね。直行くんには、天井の空中ブランコに火吹き男に一輪車の道化師、みんな見える?」
「ああ。オルガンからおどろおどろしい音楽も流れてて」
麻薬の効果なんて映画でしか見たことないから、実際どんなふうに幻覚がどう見えるかなんて知らない。
ただ、俺たちが見せられている幻影は同一のものだ。
ヒナちゃんの言葉や、ミウラサキの飛び蹴りから、間違いない。
「あれ、音楽が変わった」
おどろおどろしいオルガンの音は消え、今度はドラムロールのような音が聞こえた。
「さあさ皆さま、これよりお披露目するのは、摩訶不思議な生き物にござい」
ザーっというドラムロールは打ち切られ、それと共に緞帳が開いた。
出てきたのは玉乗りをする白象だ。
体高は3メートルほどもある。
そんな大きな生き物が、器用に後ろ足をを使って玉に乗ってやってくる。
「こちらは異世界より呼び出した長鼻の獣アバロン。その先には麗しのレティシア嬢にござい」
高く揚げられた象の鼻の先には、軽業師のような格好で軽鎧を着て仮面を被った女が手を振っている。
その姿は先だって現れた鵺の蛇。
俺たちが捕らえて交渉し、街道で見送ったあの七色の蛇だ。
「蛇!」
「……結局、元の鞘に収まりましたか。直行さん」
俺たちは戦慄した。
一度は捕らえた蛇だが、処刑するのをためらった俺は、「ガルガ国王暗殺」という新たな任務を与えて解き放ったのだ。
だが、その試みは失敗だったのか──。
「次いでご紹介しますのは、ブチハイエナのマルクール。連れたるは猛獣使いのビスマルクにござい」
緞帳が開いて現れたのは、ライオンや虎ほどの大きさのハイエナと、虎の仮面をつけた大男だ。
ハイエナは口元に金属の拘束具をつけられていて、その隙間からよだれを垂らしている。
対する大男は、プロテクターのようなスーツで体躯を覆っている。
張子の虎をモチーフにしたような仮面と相まって、異形な印象を強く打ち出していた。
「最後にご紹介するのは、鵺。異世界の都を荒らしまわった妖獣と伝えられております。連れたるは猿の……」
「悪は決して許さない!」
その時だった。
口上を打ち切って、ミウラサキが啖呵を切った。
素顔は仮面で隠してあるが、ファイヤーパターンのレーシングスーツは目立つ。
「ボクが時間を稼ぐ。ヒナっちは何か仕掛けるんでしょ?」
彼は注意深く猛獣を観察しながら、見世物芝居の登場人物たちを牽制している。
一方ヒナは、その場で飛び跳ねながら準備運動のように手足をブラブラ振っている。
「味方の状態異常を回復するにしても、毒なのか幻惑なのか見極める必要があるわね」
勇者抜きでこの連携……。
魔王討伐軍の底力を思い知った。




