340話・吊られた紳士淑女の幻影
「何ごとだ!」
パーティ会場は、突如として闇に包まれた。
ざわめく客たち。
闇の中で知里がパチンと指を鳴らすと、指先に小さな火が灯る。
「レモリー姐さん」
「はい。火の精霊よ。燭台に宿り、闇を払え」
知里の指示を受けたレモリーが、精霊魔法で再び燭台に火を灯す。
すると明らかになる地獄絵図。
「きゃああああ!」
「何だこれは!」
「うええええ!」
明かりの灯った会場が騒然となった。
天井から、自分たちにそっくりな客たちがむごたらしい姿で逆さ吊りになっている。
両目をえぐられ、舌を抜かれた者たちの中には、ギッドやクバラ翁、レモリーの姿が見えた。
しかし当人たちはテーブルの周りにいる。
「我々をかたどった何か……でしょうか」
「随分と悪趣味な趣向じゃあございませんか」
「いいえ。これは幻影魔法です」
ギッドとクバラ翁に、レモリーが告げる。
「いやああああ!」
パニックを起こした数人が、大広間から逃げ出す。
しかし、いつの間にか大広間の四方は緞帳のような布でふさがれていた。
それをかき分けて進む彼らだが、何かに阻まれているようで、広間を出ることができないようだ。
「幻影に閉じ込められているのか?」
「あたくしの屋敷で狼藉とは! 上等ですわ!」
エルマはすかさず呼び出したコボルトに自身を守らせながら、息巻いた。
──と、そのとき。
ざわついた会場内に、オルガンの旋律が鳴り響いた。
「イヤアアア!」
「うおお!」
大広間に突如現れたのは手回しオルガン。
大道芸などで使われる車輪のついた移動式のものだ。
それを押して歩くのは、タキシードを着た小さな中年男。
俺たちの背丈の半分くらいの身長だ。
髪や眉を剃り上げて顔を白塗りにした異様な風体で、カラカラと笑う。
その隣には、不気味な仮面をつけた者が立っていた。
マントのようなもので半身を隠しながら、じっとこちらを見ている。
見るからにただ者ではない。
オルガンから流れるのは、おどろおどろしい音楽。
その音に合わせて、背の高い一輪車に乗った仮面姿の道化師が寂しげな笛を吹く。
上空には仮面の女曲芸師の二人組が現れ、まるで空中ブランコのように吊られた紳士淑女を放り投げては弄んでいる。
それは、悪趣味な見世物小屋のような光景だった。
「ヒナっち解除を!」
「敵襲──なのは間違いないけど……。幻影が解除できない」
ミウラサキとヒナが飛び出し、敵の姿を探すとともに幻影の解除を試みる。
「みんな無事ね! 大丈夫、わたしの障壁の中に入って。少しでも腕に自信がある人は、外に。年配の方や戦闘スキルを持たない人を優先して入れてあげて」
小夜子はドレスを脱ぎ捨て、下着姿で障壁を発動する。
パーティ会場は依然としてどよめいているが、パニック状態は収まってきた。
「みんな『いのちだいじに』。ガンバ!」
元・魔王討伐軍の行動は迅速だ。
テキパキと非戦闘員を守りつつ、迎撃態勢を整える。
ヒナはすかさず仮面を召喚して、仮装した。
もう一つ召喚した仮面は、ミウラサキに投げる。
仮面舞踏会のような恰好だが、ふざけているわけではない。
勇者自治区ナンバーツーがロンレア領にいることを知られたのは大ダメージだ。
もっとも、賢者ヒナの顔を、敵が認識しているかどうかは分からない。
たとえすでにバレているとしても、変装しておくのは賢明だろう。
「ママとカレム君は皆を守って。知里、索敵状況は?」
「敵意感知には引っかかってる。でも、敵の心は……読めない」
「まさか、通信妨害? 待って、強制解呪する」
ヒナは軽やかにステップを踏み、通信妨害の強制解呪を試みた。
「ダメみたい。ていうか、そもそも解呪の対象がない?」
「敵意があるのに通信妨害の痕跡がない……。ヒナ、あんたほどの魔力でも幻影が解除できない術式……そうなると、かなり厄介な相手だ」
知里は冷静に状況を読んでいる。
「〝鵺〟の〝猿〟ダ。デモ、これハ……殺しの手段じゃナイ! 仮面劇の出し物……」
車椅子の魚面が、俺に耳打ちする。
そういえば、〝鵺〟の表の顔は、旅芸人一座だったな。
こんなグロテスクで悪趣味なのが、仮面劇の演目だと──?
「いや待て……。敵の正体に関する話は口に出すな。また爆発するぞ」
〝鵺〟の〝猿〟は呪殺系の魔法を得意とする。
言葉をキーワードにした人体爆発の呪いという、とんでもない魔法の使い手だ。
「そうダな……。ただ、呪殺系魔法は強烈ナ殺意を放つタメ、感知されやすイ。ソしテ、相手の個人情報ヲ知れば知るホド、呪殺の成功率は上がル」
「……だとしたら、いちばん危険にさらされてるのは魚面じゃないか!」
俺は魚面を制するが、彼女は車いすを器用に動かしながら、敵の姿を探っている。
「慎重にな。もうあんな思いはごめんだぞ……」
◇ ◆ ◇
一輪車の道化師や、空中ブランコの女曲芸師たちは幻影だと言っていたが、モデルは実在するのだろうか。だとしたら、魚面の知り合いということになる。
敵の情報は欲しいものの、うかつには聞けない。
「……それにしたって、殺し屋に精霊使い、さらには魔王討伐軍の中心メンバーが4人もいる中で、よく急襲できたものだ」
「それな、直行。あたしもそこに引っかかってるんだ」
知里が眉をひそめながら近づいてくる。
「あたしはずっと〝索敵〟してた。殺意があれば、絶対に感知してたのに。敵意を感知してから幻影攻撃までのモーションが早すぎる」
確かに知里はパーティ会場で一人で飲んでいるときにも、何かしらの注意を払っていた。
冒険者の習性かと思っていたけど、索敵だったのか。
「ただ、ヒナの魔力でも解呪できないところをみると、この幻影は魔法じゃない可能性がある」
「魔法じゃない幻影なんてあるのかよ…………!」
俺はハッとして口に手を当てた。
麻薬か何かの薬物──。
キャラクターデザインのお礼。
今回登場した挿絵右側のキャラクター〝猿〟は、ホーリン・ホーク様(ユーザーID1491337)にデザインしていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。




