338話・花柄とモノトーン再び
「ヒナ執政官ともあろうお方が回転ずしなんてねえ」
「悪くないでしょう? ねえ知里」
「あたし的には意外だった」
「そうなんだ」
「まぁいいけど……とりあえず乾杯」
知里とヒナが、グラスを合わせる。
お酒を飲めないヒナは炭酸水。知里は白ワインだ。
「ヒナさんが飲んでいる炭酸水は、あたくしが炭酸水素ナトリウムとクエン酸ナトリウムを召喚しましたのよ♪ それをレモリーの精霊術で冷やして、持たせました♪」
エルマは俺の後ろに隠れ、こっそりと様子を伺っている。
「お前……。変な薬を入れたんじゃないだろうな」
「そんなことはしてませんわ♪」
「だったら堂々とヒナちゃんさんに〝その炭酸水はあたくしが作りましたわ♪〟ってドヤ顔で言ってくればいいだろ」
「できませんわ♪」
「はい?」
「こっそり隠れてヒナさんが飲むのを見る。それだけでいいんです♪」
「なんだそれ?」
よく分からない理屈だ。
「ヒナさんの周りにはいつも人がいるので気圧されてしまいますの♪」
「お、おう」
だがエルマは自分の召喚術には手ごたえを感じていたようで、何度も頷いていた。
◇ ◆ ◇
俺は、パーティ会場の様子を眺めながら、炙り白身魚の握りとサーモンっぽい握りを食べる。
冷凍技術はないがネタは濃厚で甘みが際立っているように感じる。
普通の回転ずし店では冷たい寿司ネタだけど、回らない店は食べる直前に常温に戻して出すからな。
俺は麦酒を飲みながら、寿司を楽しむ。
そこに小夜子とヒナと魚面の3人、そしてクバラ翁がやってきた。
「じゃあ、あたくしはお手洗いに……。皆様のお相手、よろしく頼みますわね、あなた」
彼女たちが近づいてくるのを見たエルマは一目散に逃げる。
それと入れ違いになるような恰好で、ヒナたちが口々に話しかけてきた。
「直行君。ロンレア領の水産物は品質がいいわね。ヒナとしても勇者自治区にぜひ輸入したいと思ってるわ」
「酢飯の比率は直行くんのアドバイスだって」
「美味しいヨ。直行サン」
「お、おう。ありがとう」
寿司のシャリには黄金比がある。
米酢4 : 砂糖2 : 塩1だ。
地域によって細かな味の好みは異なるようだ。
大ざっぱに言って関西は甘めのシャリが好まれ、関東や東北は酸味が強い傾向があるらしい。
こぶ茶を使ってうま味を追加する方法もあるようだ。
「いやァ直行どのは、板前修業などをなさったのですかな?」
「まさか。ネットの情報ですよ。俺、そうやってアフィリエイト記事書いたりしてたんで。クバラ翁こそ、塩と酒で魚を〆る腕前は素晴らしいです」
合わせ酢といえば、ネット普及以前は家庭内で味もまちまちだったような気がする。
それが、検索すれば簡単に調べられる。
俺もすし酢の記事を書いたことがあるけど、こういうみんなが書くような記事は競合が多くて検索で上位表示されなかった。
そんな中、不意に現れた黒い影。
知里だ。
「ふうん。シャリは型抜きだけどネタは悪くないじゃん」
知里は大トロ風やタラバガニ風、キャビアの乗ったアワビ風などの皿を取ると、ひょいひょいとネタだけを箸で拾って食した。
皆から等しく距離を置いて白ワインを飲んでいた彼女だったが、気まぐれな猫のようにやってきて、寿司のネタだけさらっていった。
しかし、その態度に激怒したのがヒナと小夜子の親子だった。
「ちょっと知里! お寿司はご飯と一緒に食べないとダメよ」
「なによ、いまさら。分かり切ったことを」
「知里。それは〝追い剥ぎ食い〟って言って、すごくマナー違反の食べ方なのよ」
「ちょっとふざけただけだよ。そんなに怒ることないじゃん」
「たとえ身内のパーティだろうと、みっともないわよ!」
「ママの言う通りだよ。刺身が食べたいなら大皿の方に盛ってあったでしょ」
母娘の激怒に知里はたじろいだ。
「……わ、悪かった。好きなマンガのキャラがやってたからちょっとマネしただけだよ。ゴメン」
「漫画のキャラか……。ギャグシーンか何かか」
まあ知里さんがこっちの世界に召喚されたのが13歳のときだっていうからな。
ろくにマナーも身に付かないうちに……なんて考えていたら、俺の心を読んだらしい知里に睨まれたような気がした。
「知里ごめんヒナが言いすぎた」
「いや、あたしが悪かった。冗談のつもりだったんだけど……」
ヒナちゃんの言葉を遮って、知里はそう言うと会場の隅の方へ去った。
隅っこで刺身を食べながら、独り寂しそうに飲みだす。
「何だったんだ、知里さん……」
「彼女って、ああ見えて寂しがり屋だとヒナは思う。討伐軍にいた時も、いつも隅っこにいたけど、たまにああやって意味が分からないイタズラをしたり、ヒナたちの知らないネットスラングで話しかけてきたり……」
気を引こうとしていたのかな、とヒナは困ったようにつぶやいた。
「本当はね、知里はみんなといたいのに、素直になれない部分があるんじゃないかな。そういう繊細な心を、わたしやヒナちゃんがくみ取ってあげられたなら、よかったんだけど……」
小夜子も心配そうに知里を見る。
彼女は寂しそうに隅っこでワインを飲んでいる。
俺も、知里の気持ちは分からなくもない。
中学くらいのとき、クラスの雰囲気になじもうと、当時流行っていたお笑い芸人のマネをしたことがある。
結果は場がシラけてしまうだけで、かえって恥ずかしい思いをしたっけ。
さっきの知里も、あんな感じなのかな。
「……?」
そんな知里にエルマが珍しく歩み寄り、親し気に話しかけている。
何だか珍しい取り合わせだ。
エルマの奴、傷心の知里さんに余計なこと言わなきゃいいけど……。
次回予告
※本文とは全く関係ありません。
「そういえば、ヒナ。ワイングラスの持ち方ってあるじゃん」
「それね。日本人はグラスの茎の部分を持つけど、欧米では丸いボールを持つとか何とか……」
「ボールの部分持ってると、知らない人から〝ブランデー飲むみたいな持ち方だね〟なんて言われて、逆にステム持ってると〝欧米ではー〟って言われるときがある」
「ヒナはお酒飲まないけど、どっちが正解?」
「あたしとしては、どっちとも取れる持ち方がおすすめね」
「ああ、挿絵の持ち方!」
「次回の更新は9月6日を予定しています。タイトルは『キングオブぼっち直行』」
「えっ? 直行君ってぼっちなんだ」




