33話・出発
「旧王都から勇者自治区までの荷馬車の護衛だ」
俺はザックリと、依頼の内容を説明した。
小男と大男、顔色の悪い男の3人組は、神妙な顔つきで聞いていた。
「……とはいえ、半日の行路の護衛なんで、ロマンも何もないとは思うけどな」
「やります、やります。このスライシャーに任せてくだせえ! 見ての通り盗賊なんで、野盗の襲撃ポイントやパターンを読むことができやすぜ」
小男が出っ歯をむき出しにして売り込んでくる。
盗賊だと言ったが、そんな奴を雇って大丈夫だろうか?
「吾輩はネリー。属性術者だ。吾輩らを安く見積もってくれては困るぞ……」
顔色の悪い、ハイエナのような痩せこけた男は、ニヤリと笑う。
属性術の使い手か。顔は怖いが、役には立ちそうだ。
「おいら達1日2000ゼニルから請け負うから、3人まとめて気軽に頼んでやってほしいんだお」
トドかセイウチのような海獣を思わせる大男は、ゆっくりとした口調で言った。
ハッキリ言ってうさんくさいし、頼りにもならなそうだ。
信用できるかどうかも分からない。
しかし何だろう、放っておけない感じがするのは気のせいだろうか。
1杯のシチューを3人でシェアして、哀願するように俺たちに頼み込む姿……。
滑稽でもあり、どこか哀しくもある。
しかも1人頭2000ゼニルって格安じゃないか。
「レモリーはどう思う?」
「はい、こちらの頭数が多ければ、賊もうかつには手が出せませんし。彼らが裏切ったとしても、私ひとりで3人とも始末できるでしょう」
なるほど、たとえ数合わせでも抑止力としては機能するか。
しかし本人たちを前にして、レモリーは物騒なことを言う。
単なる脅しかも知れないけど。
「分かった。じゃあ君ら3人、1週間後、勇者自治区までの街道沿いの護衛任務を頼みたい」
「本当にあっしらで良いんですかい? まあ気張らせてもらいやすがね」
「フフフ……吾輩たちが守護する限りは安寧の旅路だ」
「久しぶりにご飯いっぱい食べられるお」
この3人組に不安がないわけではなかったけれど、旅は道連れというし、賑やかなのも悪くない。
何しろ俺にとっては初めて別の街へ行く冒険なのだから。
しかも大儲け話だ。派手に行こう。
◇ ◆ ◇
こうして旅路の支度を念入りに整えた俺たちは、晴れて出発の朝を迎えることになった。
天気も五月晴れのような快晴。
生きとし生けるものを祝福してくれるような、青い空とやわらかな日差しが心地よかった。
荷馬車は異界風より出発する。
仕入れに使う2頭立ての大きな馬車だ。
昨夜のうちに、荷物は全て積んでおいた。
マナポーションの木箱500個はしっかりと縄でくくりつけた。
これを引く馬も、強くたくましいばんえい種のような姿。
普段はワインや麦酒なども運んでいるそうなので、輸送に関する不安はない。
幌もついているので急な雨風もしのげる。
もっともこの青空では心配はなさそうだが。
遠征メンバーは俺、レモリー、馬車の御者を務める青年(異界風の店員)、そして例の3人組で計6人……のはずだった。
半日の行程といえども、勇者自治区に商品を届けるのだ。
身なりはキチンと整えていた。
俺はエルマの父親が着ていた礼服を借り、レモリーもドレスを着ている。
御者の青年にも、執事の格好をしてもらった。
護衛の3人組は革の鎧などを見につけているが、外套と下に着る服は新調してやった。
そしてもうひとり、見慣れない少年。
「あれ? 誰だお前」
大きめのキャスケット帽を深めにかぶった丸メガネの少年がしれっと荷台に座っている。
白いシャツと茶色のベスト、麻のズボンという商人の見習いのようないでたちだ。
「僕はエンマ・ブラックジャスティス。よろしく直行さん」
「何だよ、見送りにも来ないと思ったら男装なんかして……」
「さて、何の事でしょう」
メガネをかけているし、髪の毛は束ねて帽子に入れているので一見そうとは思わなかったけれど、その声といい表情といい、間違いなくエルマだ。
「しかし弱そうな護衛を引いたもんですね。ガチャで言ったら3枚とも『N』とかじゃないですか?」
すげえ失礼なこと言ってるし。
こんなことを言われてもヘラヘラ笑っている3人組は転生者や被召喚者ではないのだろう。
「じゃあ、そろそろ出発します。みなさん準備はいいですか?」
御者が店主に一礼し、馬に鞭をやる。
「道中お気をつけて!」
「店主こそ、馬車貸してくれて助かりました」
馬車は俺たちを乗せてゆっくりと走り出した。
◇ ◆ ◇
馬車は石畳の街道を静かに走っていた。
道幅はそこそこ広く、他の馬車とすれ違うこともある。
ローマ街道のような街路樹と、どこまでも続く平原の緑が色鮮やかだ。
俺とレモリー、そして男装したエルマの3人が荷台でぼんやりと景色を見ている。
護衛の3人組は、カッポカッポと進む馬車と並走しながら周囲を警戒している。
さすがに冒険者だけあって体力はあるようだ。
そういえば荷馬車に乗ったのは生まれて初めてだ。
思っていたよりも遅いと感じるのは、自動車の移動が当たり前だった社会に生きていたからだろう。
ファンタジーの世界は、時間がゆっくりと進んでいるようだ。
「異界風の店主がお弁当を持たせてくれたみたいですよ。レモリーは直行さんに〝あーん〟ってやっても良いんですよ♪」
男装したエルマがゲスい顔で笑っている。
頬を赤らめるレモリーと、何となく想像して照れくさい俺。
「もう少し行ったら護衛も休ませて昼食にするか」
「……?」
その時だった。
快晴の青空に禍々しいマーブル模様が現れると、やがてそれは魔方陣を描き出した。
さわやかな風が、生ぬるく湿った空気へと変化する。
中空に描かれた魔方陣から現れたのは角と翼を持つ異形の人型。
「召喚魔法です!」
顔面蒼白のエルマが叫んだ。




