335話・集えっ! 大回転まっぱ寿司風パーティ
パーティ会場の大広間には、続々と人が集まって来た。
潜水艦の乗組員に、工場の技師……。
主に勇者自治区からの出向組だが、この中に転生者は何人くらいいるのだろう。
──俺は、ヒナちゃんとクバラ翁の会話が何となく心に引っかかっていた。
前世についての謎。
「……今宵、皆さまにおかれましては、夕食会をお楽しみください」
「乾杯ですわー♪」
ギッドとエルマによる乾杯の音頭で宴が始まっても、上の空だった。
◇ ◆ ◇
夕食会はバイキング形式だった。
大テーブルには新鮮な魚介類や色とりどりの果物が大皿に乗せられて並んでいる。
湖で養殖されたにもかかわらず、海水で育ったかのような大きさなのは精霊の影響なのだろうか。
ボイルされた大海老やニジマスっぽい魚を燻したスモークトラウト。
浄化魔法で処理された刺身も置かれている。
刺身は料理が得意なクバラ翁が酒と塩で〆たもの。
そのまま食べてもいいし、寿司ネタにしてもいいような切り方になっていた。
レモリーとギッドは、酒や料理の手配に大忙しだ。
俺も手伝わないといけないと思い、2人に声をかけた。
「ギッド、何か手伝うことはないか?」
「ありませんよ。仮にも領主さまが従者の真似事などしてはいけません」
「でも。レモリーは何かないか?」
「いいえ、直行さま。来場のお客様へのご挨拶ならば私が承りますので。ヒナ様や英雄の皆様と、クロノ王国への対応について談義なさるのがよろしいかと」
「すまない。いつも助かってる」
事務的な挨拶は、どうも苦手だった。
どうも言葉が続かないのだ。
その点レモリーは、意外と社交辞令が上手くて頼りになる。
俺はパーティ会場を見渡して様子を見てみる。
ミウラサキはいち早く回転ずしの皿を取り、一心不乱に食べている。
海老や玉子焼き、ハンバーグ握りなどのお子様ネタを、彼らしく高速で食べている。
彼の周囲を技師たちが取り巻いていて、趣味の車の話題に花を咲かせていた。
農業ギルドの連中は、クバラ翁の号令以下、追加の魚を捌いたり、酒を持ち込んだり。
聖龍教会の例の司祭と助手も来ていて、調理場で神聖魔法を使って生食用に魚介類の菌や寄生虫の浄化を行ってくれていた。
地元民に魚介類を生食する習慣はないそうだが、相談したら気軽に引き受けてくれたのだ。
「聖龍さまのご加護により、人体に有害なる毒素を取り除き給え」
「……以下同文。取り除き給え」
また以下同文言ってるし。
でも、あれはあれで効くんだよな……。
「ネンちゃん、お魚は痛んじゃうからお父さんのところには持っていけないのよ」
「おじさんのじょうふのひとが氷の魔法をつかってくれるって言いました」
「旧王都まで車で行っても半日以上かかるから、お寿司はダメよ」
「……おとうさんにもたべさせてあげたかったです」
ネンちゃんの言葉に、小夜子は苦笑いしきりだ。
俺も件の〝お父さん〟には会ったことがあるが……。
なかなか残念な感じの人だった。
そんな小夜子とネンちゃんのやりとりはともかく……。
みんな宴を楽しんでくれているようで何よりだ。
「へえ、まさかこちらの世界で回転ずしが食べられるなんて!」
「カレム様に頼んだら玉子焼きとかハンバーグばかり皿に取ってきたんで。うちらは寿司をもらいに来ました」
「大将! 鯛のような切り身の炙り、頼みましたー」
勇者自治区からの出向組は、寿司が珍しいらしく、おかわりをもらいに来ていた。
すっかり板前と化したクバラ翁は、下処理の済んだエビやヒラメや貝類、サーモンなどを切り分けて、皿に乗った型抜きのシャリに乗せてコンベアーを回す。
待ちきれない出向組は、すでに回っている皿を取ったりして、楽しそうだ。
エルマはそんな彼らに割って入り、大見えを切って説明している。
「回転ずしの発案は、あたくしですわ♪ この〝とびだす寿司型・まっぱ1号〟でシャリを型抜きして、わがロンレアが誇る新鮮な魚介類と合わせていただく…………ま、まぁ回転コンベアはヒナさんの召喚ですけど……」
……最後の方、ヒナちゃんの功績の部分は、ほとんど蚊の鳴くような声で。
そこに、当のヒナ・メルトエヴァレンス本人がやってきた。
途端に、エルマの顔が曇った。
「エルマさん発案の、回転ずし。面白いでしょう? 今度自治区にもつくっちゃおうかなー」
ヒナも楽しそうに回るコンベアからサラダ軍艦を乗せた皿を取る。
そしてクバラ翁特製の醤油とわさびをつけて、一口でぺろりと食べた。
「うん! 美味しい。ママも食べて。あーん」
彼女のとなりにいる、レトロなドレス姿の小夜子に、サラダ軍艦を差し出した。
と、小夜子の裾をつかんでいる少女に目を留めた。
「あら可愛らしい。はじめまして、ヒナっていいます」
「花柄のお姉ちゃん。ネンです。こんにちは……じゃなかった、こんばんは」
ヒナと小夜子とネンちゃん。
「これは、お寿司っていう、お姉ちゃんたちの故郷の食べ物なの。食べたいものがあったら、教えてね」
「ありがとう。じゃあ、あの黄色いのと海老が食べたい」
「OK。ずいぶんしっかりした娘さんね」
「えへへ……花柄のお姉ちゃんは優しいです」
まったく違うタイプの3人が談笑する姿は何だか微笑ましい。
政治や戦闘で見せるヒナの表情とは違う一面が見られたのはよかった。
もっとも、どこをとっても芸能人スマイルで〝普通の女の子〟感はまるでないけど。
「あれ? エルマの奴どこ行った……」
俺がヒナたちを眩しそうに眺めていると、いつの間にかエルマの姿が消えていた。
次回予告
※本文とは全く関係ありません。
「なに? タダで寿司を食っただと? どうして持って帰らなかったんだ、ネン!」
「だっておとうさん、お寿司は痛んじゃうからダメよって小夜子お姉さんが……」
「領主さまのとこなら冷蔵庫があるだろ。冷蔵庫ごとくださいって、なんで言わなかったんだ」
「れいぞうこってなに? おとうさん」
「冷えたでっかい箱だよ。中に寿司をぎっしり詰めてもらってくるんだ。ついでに酒もな」
「うん、わかった。ネン、ちゃんとれいぞうこもらってくるからね。あ、そうだ次回の更新は8月31日です」




