334話・回れっ! 回転ずし 前世の思い出と共に
「クバラさん。つかぬことを伺いますが、前世では何年にお亡くなりになったのですか?」
ヒナちゃんは単刀直入に、話を切り出した。
「……2008年にごぜえやす」
「ヒナより10年近く前ね。そう。やっぱり皆、いろんな時代から飛ばされて来てるのね……」
この世界に転生した人たちの出生時の時系列はバラバラだ。
元の世界の時間軸と、こちらの世界の時間軸は一致しない。
70歳は過ぎている転生者クバラ翁がインターネットを知っていた。
現在13歳のエルマの前世が20才で亡くなっているというのなら、前世での生年は俺と似たか寄ったかでないとおかしいはず……。
しかし、奴の話を聞く分には、俺よりも10歳くらい若いような気がする。
そうなると、計算が合わない。
──この問題の厄介な点は、周囲の転生者たちに気安く聞いて回れない点だ。
皆、現代日本で命を落としているのだ。
帰れる可能性のある俺が、おいそれとは聞くわけにはいかない。
やはり、一度亡くなった人の事情に立ち入るのは気が引ける。
しかし、ヒナちゃんは一切の遠慮もなしに尋ねてきた。
クバラ翁は、やはり語りにくそうだった。
「……世界の救い主であるあなた様だから話しましたが……辛気臭い話はよしやしょう」
「ごめんなさい。失礼なことをお聞きしました」
ヒナは毅然とした態度で深々と頭を下げた。
俺はこんなに堂々とした謝罪を見たことがない。
そして気を取り直して、とばかりに体を揺らしてリズムを刻む。
「ワントゥースリー&フォー!」
彼女は華麗なステップを踏み、召喚術式を起動する。
キレッキレの動きに合わせて一瞬で魔方陣が組み上がり、踊りに合わせて回転を始める。
その一部始終をわきで見ていたエルマが眉をしかめた。
「いまいましい召喚術ですわねー。普通に数を数えればいのに、何ですかスリーの後の〝&〟って。業界人のダンサーっぽくて感じ悪いですわよねー♪」
「ヒナサンを僻まなイ!」
「ぎゃぺ」
「〝&〟のところデ、〝溜め〟をつくル。複雑ナ召喚術の術式構成ヲ、足や腕ヤ腰の回転運動で展開スル。化け物ダ、あの人ハ……」
エルマが毒を吐き、魚面が電流でお仕置きをする。
何度も見てきた茶番劇だが、魚面がヒナを尊敬するようになって、また少し関係性が変わったようだ。
「それにしても、すごいな……」
複雑な回転ずしコンペアが、何もない空間に現れる。
Cの字型のものが、2機召喚された。
これを左右に組み合わせると、陸上トラックを薄くしたような回転ずしコンベアが完成する。
先ほどまで、ヒナは真面目な顔で工場関係者にいくつか確認を取っていたが、スキル『超精密記憶』だけで、ここまでの精密機器を召喚できることに驚いた。
と、同時に俺の中にいる? 悪魔が囁きかけてきた。
「お見事。ヒナちゃんさん。ところで、機関銃とかの近代兵器って召喚できる?」
俺はヒナに近づき、そっと耳打ちする。
「直行君。あなたは悪い人ね。そんなことしたら、理想郷じゃなくなっちゃうでしょ」
「お、おう……」
……でも、魚面の車椅子についている2本の筒は、どう見ても機関銃のそれのような。
……気のせい、か。
ヒナちゃんの笑顔が怖い。
確かに、軍隊をつくるために『理性+3』のスキル結晶を依頼してくる人だが。
近代兵器で〝軍隊〟を武装しようと思えば、とっくにできているということか……。
◇ ◆ ◇
「ヤッホー! どうしたのヒナちゃん。まさかこれ、回転ずし?」
「うん。ママの好きなやつ!」
そうこうするうちに、小夜子が戻って来た。
ちょっとおめかしして、レトロ風のワンピースとポニーテールがとてもよく似合っている。
しかし、小夜子は途端に顔を曇らせていた。
「どうしてわざわざ回す必要があるのよ。ネタも古くなってカピカピになるって聞いたわ。回転ずしなんて邪道よ!」
「えっ、ママ本気でそんなこと思ってるの?」
「ヒナちゃん、なんでそんなこと言うの」
突然はじまった母娘げんか。
「回転ずし大好きなママの発言とは思えない……。ヒナ超信じられないんですけど」
「わたしが回転ずし好きなの? 絶対ないもん。わたし好きなのは〝こども寿司〟の〝手巻きの日〟だもん」
「そうだ、イカゲソとマヨネーズもあるみたいだから〝サラダ軍艦〟と〝サーモンチーズマヨ炙り〟もクバラさんに頼んでみましょうか? クバラさーん?」
「へいへい。ガッテン承知の助でさあね」
ヒナの問いかけに、クバラ翁は、肩をすくめて笑った。
「わたしは、そんなお寿司知りませーん。お寿司なのにチーズにマヨネーズ? わたし絶対そんなの食べませーん」
「ウソウソ。ママ調子がいいとき15貫くらい食べてたよ」
「ウッソー ホントー カーワイー! って食べないモン!」
小夜子が何の疑いもなく死語を連発するのはヒヤヒヤするけれど……。
2人がおっぱいを揺らして口げんかしている様子は、傍から見ていると微笑ましい。
そういえば、回転ずしが全国チェーン展開してきた80年代頃は、〝回転ずしはマズい〟もしくは〝邪道〟といった風評がよく聞かれていたな。
俺の祖父も、誕生日に回転ずしに連れて行かれることになって両親にキレてたっけ。
まあ最後は「楽しかった」ってなったけどな……。
「それにしても、高級志向だと思ったヒナさんが回転ずしにノリノリなんて意外でしたわ♪」
不意にエルマが寄って来た。
自分の回転ずし案がヒナに気に入られたのが嬉しかったのか、小躍りしている。
「ああ。おそらく、ヒナちゃんさんを産んだ小夜子さんとの思い出の場所なんだろう」
「母娘……ですか」
一転して、エルマは伏し目がちに呟いた。
「直行さん。旧王都のお母様は人質に取られたりしませんかね……」
「その可能性はある。だけど、異界人を憎んでいるあの両親では、勇者自治区に避難してもらうわけにもいかない」
「ですわね……」
エルマは寂しそうに頷いた。
「決闘裁判の詳細を追っていけば、エルマの両親と俺が犬猿の仲だと分かるはずだ。わざわざ敵の敵を人質にするような策は取らないだろう」
「だと……いいですけど」
俺たちが深刻な話をしている間に、向こうが賑わってきた。
「カッちゃん、知里おかえりー!」
「小夜ちゃん、ヒナっち!」
「おつかれカレム君。知里もおつかれね」
「……どうも」
知里とミウラサキが帰還した。
研究室からもアンナたちを連れてくるはずだったが、結局誰も来なかった。
「ミウラサキ君。アンナたちは来ないって?」
「ちょっと、ちーちゃんの頼まれごとができたみたいで。資料を調べる用ができたって」
「あの3人組も手伝いか。料理が出揃ったら、届けてやるか」
俺は、近くにいた農業ギルドの若い衆に4人分の折詰を作るよう頼んだ。
せっかくだから、なんちゃって〝まっぱ寿司〟も詰めといてやるか。
次回予告
※本編とは関係ありません。
「ギャー! 回転ずしコンペアでしゅ~!! ほしいでしゅ~!」
「前回に引き続いてBAR異界風のマスターか……」
「あらマスター♪ 回転ずし屋に商売替えするのですか?」
「まさか! 生食文化のない世界で原価率の高い寿司屋なんてやれないでしゅ~」
「だったら何でコンベアなんて欲しがるんだ?」
「ハンバーグやステーキ寿司ならできましゅ~。タピオカも回しましゅよ~」
「それな」
「知里さんのために、ワインも回しましゅよ~」
「回してどうすんのよ。あたしは遠慮しとく」
「さて、次回の更新だが8月29日を予定しています」
「ベルトコンベアはロマンでしゅ~」




