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332話・忘却の毒茶


「ちょっと待った! そのお茶、俺に飲ませてくれ」


 俺はエルマとヒナちゃんの間に割って入り、ハイビスカスの花茶によく似た〝毒入りマー茶〟に口をつけようと動いた。


「!?」


 しかし、突然目の前に魚面(うおづら)が現れた。

 猛スピードで車椅子を走らせて、ティーカップを奪い去る。


挿絵(By みてみん)


 完全に予想外の位置からだったので、意表をつかれた。


 驚いたヒナちゃんと、憮然とするエルマ。


「…………」


 俺も、すぐには言葉が出ない。

 ギッドは目を見開いたまま、呆れた様子だ。


 魚面は満面の笑みで、ゆっくりとお茶を飲み干す。


「お茶アリガトウ。顔が治っテ、唇も復元されタ。普通に飲めるヨ」


 無邪気な顔で、彼女は言ってのける。

 呆気に取られる一同……。


「お魚せんせ~い~! あたくしがヒナ様に入れて差し上げたマー茶を横取りですか!」

(のど)が乾イてたんダ。ゴめンネ」


 事情を知らない者にとっては、文字通り茶番劇だが、エルマは一服盛っている。


 身体には危害がないが、特定の記憶を失わせる毒だ。

 ヒナちゃんは魔法抵抗力が強いため、まずは眠り薬から仕込んであるはずだ。


 現在のところ、魚面に表立った異常は見られない。

 不発、か……?


 何とも情けない話だが、ヒナちゃんの編み出した〝空間転移魔法〟を、自分が編み出したと吹聴していたエルマが、嘘を真実にするためのセコい工作だった。


「エルマよ。魚面(うおづら)を責めないでやってくれ。お茶なら俺が淹れるよ」

「…………」

  

 エルマは悔しそうに俺を睨んでいる。

 さすがに〝エルマが毒を盛った〟とは言わないから安心しろ。


 それにしても、エルマの奴は、ヒナちゃんのことになると、対抗意識を剥き出しにする。

 

 相手は〝英雄〟にもかかわらず、真っ向勝負を挑んでいく。

 ……いや、今回の隠ぺい工作は小癪な技だな……。


 エルマめ。

 大人になったと思ったんだけどな……。


「ヒナちゃんさん、もう少しで夕食会が始まるよ。潜水艦のスタッフたちも呼んできていいかな?」

「そうね。だったらヒナが行きましょう、着がえてくるついでにね」


 そう言い残すと、ヒナは颯爽と部屋を出て行った。

 確かに、仮装パーティならまだしも、その格好で夕食会の主賓というのは場違い感がある。

 

 憑き物が落ちたように、応接室を覆っていた緊張感が緩和された。

 毎度のことだが、ヒナのまとうオーラは普通じゃない。


 俺はエルマにアイコンタクトを送りつつ、ギッドに指示を出す。


「ギッド。ちょっと会場の様子を見てきてくれないか?」

「承知しました」


 ギッドもいつもの調子で事務的に頷き、部屋を出て行った。


 ……さて、こうして部屋に残ったのは俺とエルマと魚面の3人だけだ。

 開口一番、エルマが切り出す。


「直行さん! あんまりじゃないですかー! あれじゃあヒナさん警戒しちゃうじゃないですかー!」


 エルマは駄々っ子のように俺に食ってかかった。

 俺にしがみつき、ポカポカと拳を突き立てる。

 さすがに手加減しているのか、痛くはない……が、しつこい。


「いい加減にスル!」

「ぶべらっ!」

「いてっ」


 その時だ。

 魚面の電撃魔法が、俺たちに直撃した。

 エルマだけならともかく、俺なんかは完全にとばっちりだ。 


「ヒナさんはいい人! 手柄を横取りするの良くなイ!」

「ぎゃべらっ!」 

「いてててて」


 魚面は悠然と車椅子を滑らせながら、電撃魔法を決めている。

 その都度俺にもとばっちりダメージが来るが、エルマは俺にしがみついて離そうとはしない。


「エルマ嬢、見栄ヲ張らナイ!」

「ぎゃぺっ!」


 魚面は車椅子を縦横無尽に滑らせながら、電撃魔法で〝喝!〟を入れる。


「かないもしナイ相手に、つまらない対抗心を持たナイ! なぜ分からナイ!」

「お魚先生! あんまりですわ!」


 しかしエルマも意外と辛抱強い。

 決してキレたりせずに、〝お魚先生〟と先生呼びをやめたりしない。

 〝車椅子をもらったからといって態度を急変させましたわね、この裏切り者〟なんて言いそうなものなのに、じっと耐えている。

 俺の方が〝とばっちり電撃〟に音を上げそうになるが、辛抱する。


「エルマ嬢は13歳。子供ダ」

「前世からカウントしたら、子供じゃありません! あたくしは!」

「自分ヲ見つめ直セ、エルマ嬢! 身の程ヲ知らなけれバ、適切ナ一手モ打てナイっ!」

「ぶべっ……ぎゃるぺっ!!」


 魚面は、エルマに説教している。

 俺も、ささやかながら大人として一言添えた。


「……エルマ。思い出せ。あの月虹とキャッチボールを……」

「直行サン、横から意味不明ナこと言わナイっ!」

「痛てっ」

  

 収拾がつかなくりそうな茶番劇に終止符を打ったのは、ヒナちゃんだった。


 ドアをノックする音に、俺はその場から逃れるように扉を開けた。


「お待たせ。パーティ会場まで伺いましょう」


 目の覚めるような花柄のパーティドレスに着替えた彼女が現れた。

 潜水艦の乗組員や、勇者自治区からの出向組もゴージャスな衣装に着替えていた。


 この人たちは、根っからの〝パリピ〟なんだな。

 まるで海外ドラマのようなセレブ感に、俺は少し引いた。

 

「お魚先生の〝喝〟。効きましたわ~♪ さて、あたくしは心を入れ替えて、わがロンレアの身の丈に合ったおもてなしをして差し上げましょう♪」


 しかしエルマは〝受けて立つ〟と言わんばかりに不敵に笑った。


 また何かしでかさなきゃいいんだが……。



次回予告


「へい! 義賊のスライシャーっす。最近、昔の冒険者仲間から〝金返せ〟ってせっつかれて困ってやす。金を借りた覚えないんすよ!」

「とぼけるなお! こないだもおいらから60ゼニル借りたお。返すお」

「ボンゴロ、あっしはとぼけちゃいねぇぜ。お前さんから金を借りた覚えはねえって」

「ウソはよくないお。その前にもおいら150ゼニル貸したお。これがメモだお」 

「……忘却の毒茶、どっすか一杯。さて、次回の更新は8月25日頃になりやすぜ!」

「借りた金は返すお!」

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