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331話・車椅子を召喚しよう

「そうだ魚さん。ヒナから車椅子をプレゼントしましょう」


 芸能人スマイルをキープしながら、ヒナは魚面に言った。


 しかし魚面の上半身にはエルマとコボルトがしがみついていて、不安定な下半身を食人鬼たちが支えている。

 パッと見、まるで棒倒しのような珍妙な絵面になっていた。


「ヒナちゃんさんゴメン。エルマの奴は、どうも君に意識過剰みたいで……」

「ううん。ヒナは少しも気にしないから大丈夫」


 彼女は爽やかに切り返しながら、緩急の激しいステップを踏む。

 ダンスのリズムに乗って複雑な魔方陣が重層的に展開されていく。 


「ワン・ツー・スリー・エン……ゴー」


 鮮やかなカウントダウンとともに、魔方陣から姿を現したのは電動車椅子。

 一般的な車椅子とは違い、一目見ただけで次世代型だと分かる独特なフォルム。


挿絵(By みてみん)


 確か10年代にベンチャー企業が開発したタイプとよく似ている。

 しかし銃口のような物騒なものが取り付けられているのは気のせいか……。


 ……。

 …………。


 それにしても、魔法一発で異世界の精密機械を召喚してしまう力量はケタ外れだ。

 物品は、細部まで具体的に思い描けないと引っ張ってくることができない。

 勇者トシヒコに与えられたスキル〝超精密記憶〟に加え、普段から自治区の技術者から学んでいる、ヒナの努力の賜物だ。


 その場にいる全員、とくに似たタイプの召喚士であるエルマが固まってしまうほどの凄まじさだった。


「魚さんどうぞ。乗ってみて!」


 ヒナちゃんは芸能人スマイルをキープしたまま、コボルトや食人鬼の間に割って入ると、魚面の手を取った。 


 そして浮遊魔法で魚面の体を浮かせると、電動車いすのシートに導いていった。


「コレは椅子カ……ア、動ク」

「そう。左ひじ掛けの先についているレバーで調整するの。これは自治区で魔導士用に改造したものだから、より直感的に操作できるよ」


 彼女に言われるまでもなく、魚面は左手のレバーを操作して車椅子を前後左右に動かしている。

 

「へー。タイヤの横にあるハンドリムもついてないのに、方向転換が自由自在なんだな」 

「前輪は小さなタイヤを縦横方向に動けるように組み上げているから、割と自由に動けると思う。この世界の道路事情に合わせたオフロード仕様にもなっているし」


 おそらく、動力は炎の精霊石だろう。

 それにしたって……。


「すげえな。ヒナちゃんさん。こんなのまで召喚できるなんて……」

「魔王討伐戦後、歩行困難になってしまった仲間が大勢いるの。その人たちが気持ちよく生活できるように技術者たちと頑張っちゃった」


 ヒナは誇らしげに胸を張った。

 俺は横目でエルマを見る。


「……さすがヒナさんですわ」


 案の定エルマは微妙な顔だ。何とも言えない〝しょっぱい顔〟で、作り笑いを浮かべている。


「さすが……どころではありません。ヒナ・メルトエヴァレンス様。あなたは、いったいどれほどの鍛錬でこれほどの技量を得たのですか……人の域を超えています」


 ギッドは「ありえない」と何度も繰り返し、慄然としていた。


「どうか恐れないで、ギッドさん。ヒナはこの力を、この世界に生きる人たちの幸せのために使うと誓っています。亡き父グレン・メルトエヴァレンスとの約束です」 

「……こちらこそ、取り乱してすみません」


 普段冷静で、少し上から目線な彼が、ヒナに対して萎縮してしまった。

 まるで尻尾の下がった犬のようだ。

 エルマもだけど……。


「ギッドさん。ヒナは直接戦いはしませんが、ここが戦場になった場合の、民間人の保護をはじめ、物資や資材調達には協力を惜しまないつもりです」


 ヒナはギッドに声をかける。


「……魔王を倒し、この世界の仕組みを変えてしまったお方のお言葉です。重く受け止めます」


 彼は冷静な口調で返したが、声が震えていた。

 人知を超えたヒナの存在に、動揺してしまったのだろう。


 小夜子とミウラサキの超人的な戦いも目の当たりにしているはずだが……。

 ヒナには彼らにはない特別なオーラと存在感があるのだろう。


「魚さんは魔導士だから、移動しながら詠唱できるように自動運転モードも搭載してあるわ。有事が迫っている以上、秘密兵器も搭載してる。戦うんでしょう? 魚さんも」

「賢者ヒナ。ありガとウ。貴女はいい人ジャないカ! ワタシの生き血ヲ吸ウ? 少しならイイヨ?」

「……遠慮しておくわ」


 一方で、魚面のヒナに対する反応は自然だ。

 

 ともに魔導士で召喚士という能力が被っているにもかかわらず、魚面は素直に敬意を払っている。

 そういえば知里に対してもだが、魚面は自分よりも魔力量の多い相手に対してとても素直だ。


 対照的なのがエルマだ。

 前回のようにギャン泣きこそしないまでも、寂しげな表情でヒナから視線を逸らしていた。


「ヒナさん。お疲れでしょう。お茶を淹れますわ。どうです一杯」


 そうかと思ったら突然、不敵な笑みでヒナを見る。

 どこからか出してきたティーカップに、ハイビスカスのような花茶が注がれている。

 

 来た。忘却の毒茶だ。

 俺は身構えてしまった。



次回予告

※以下は本文とは関係ありません。


「しかし、最新式の車椅子を召喚するなんて驚いたよ。なぁ知里さん」

「あの子はファンタジーの世界観を滅茶苦茶にするのよね」

「そう言われてみると知里さんは、そういう雰囲気を尊重してる感じがする」

「最低限だけどさ。でもヒナは、そもそも異世界モノのアニメとか観たことさえないんだって」

「ビキニ鎧の小夜子さんの娘なのに、意外だな」

「いや。お小夜だって、将来結婚してヒナを産む頃には、黒歴史にしてるんじゃないかな」

「知里さんに黒歴史はないのか? ……ああ、現在進行形で黒歴史をつくり続けてるんだっけ。悪いこと言ったな」

「ちっ……。次回の更新は8月23日を予定しているわ。……直行、覚悟することね」

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