329話・リア充許すまじ! 狂犬エルマの謀略
「どうしましょう直行さん。ヒナさんは、〝あたくしが空間転移魔法の創始者〟だって触れ回ったのを咎めるつもりですわ!」
エルマは1人で〝疑心暗鬼〟のツボにはまり、脈絡もなく怯えていた。
「ヒナちゃんさんは気にしてないと思うよたぶん。ていうか、嘘を吹聴してるお前が悪い」
「嘘ではありませんわ! 脚色です! でもヒナさん、あたくしのことなんて、きっと嫌いですから、これを理由にひどいことをするに決まっていますわ」
どうしてそういう発想になるのかは分からないが、エルマはガクブルだ。
「思い過ごしだよ。なあ、魚面からもビシッと言ってやってくれ」
「そんなに怖いなら、こちらから仕掛けルか?」
俺は魚面に、疑心暗鬼や思い込みを叱ってもらうために話を振ったのだが……。
かえってエルマを煽るような言い方に、俺は困惑した。
「お魚先生、さすがに短慮はいけません! あたくしたち返り討ちに遭ってしまいますわ! ヒナさんは魔王よりも恐ろしい存在ですから。あたくしたちなんてきっと縊り殺されます。美容のためとか言って生き血をすすられて、中央湖に打ち捨てられてしまいますわー」
「魔王、倒した張本人ダもンな……」
もっとも、エルマ自身もヒナちゃんを過剰に恐れすぎているために、強硬策には慎重なようだ。
それはまあ、よかったのだが……。
「……確かニ恐ろしイ相手ダ。知里サンと互角以上ノ魔力量に加えて最上位の召喚師で、賢者。やるなら慎重に……」
魚面も、眉をひそめて深刻な表情をしている。
かえって話がややこしくなってしまった。
「魚面、今のエルマはどこかおかしい。まともに相手にしない方が……」
「確かニ。まともに行っては返り討ち。愚策ダガ。なら毒はドウだ?」
……。
…………。
俺は頭を押さえて天井を仰いだ。
どうしてこうなったのか……。
「その手がありましたか♪ さすがお魚先生♪ 夕食会で仕掛けましょう♪」
何だか物騒な方向に話が転がっていってしまった。
「お魚先生。〝特定の記憶のみを消す魔法〟。そういったものはありますか?」
「『忘却』ダ。本来は魔法封じに使うものだガ、応用できるだろウ」
魚面は宙に魔方陣を描いてみせる。
そしてエルマに向かって人差し指を突き立てると、術式を起動した。
「『忘却』!」
「……? お魚先生、あたくしに何を……?」
キョトンと目を見開いているエルマ。
魚面は2匹のコボルトを指さし、言った。
「彼ラは誰?」
「そんなの……あれ? 犬? じゃないですわ! 何でしたっけ、この変な生き物……な、名前が出てこないですわ」
エルマは驚いた様子で、2匹のコボルトをペシペシと叩いていた。
どうやらエルマはコボルトの存在そのものを忘れてしまったようだ。
しばらくして、魚面が指を鳴らす。
「?」
「解除しタ。彼ラは誰?」
「ジュリーとメリーに決まってるじゃないですか! ……って、これが『忘却』ですか♪」
「そうダ」
「なるほど、これは使えますわね♪」
エルマは鬼畜な笑みを浮かべながら、軽く手を叩いた。
「問題は、賢者メルトエヴァレンスの魔法抵抗力の高さだガ……」
「だったら二段構えの策でいきましょう♪ 乾杯の盃に眠り薬を仕込むのです。まずはヒナさんを眠らせて、魔法抵抗力を弱らせてから、『忘却』の魔法を」
「ナルほど……」
邪悪な笑顔のエルマと、ビジネスライクに頷く魚面……。
魚面の奴、なかなか暗殺者が抜けないようだ。
俺は何とも言えない気分で、その場を行ったり来たりしていた。
諫めるべきだが、あまりにもバカバカしすぎて言葉が出てこない。
「直行さん。万が一バレたら、あたくし適当に言い逃れいたしますから、話を合わせてくださいね! お願いしますわよ」
「……あのなあエルマよ。ヒナちゃんさんは大事な取引相手で、味方だぞ。つまらない理由で、敵に回すのだけはやめてくれ」
俺は正論を言ったつもりだ。
しかし当然のごとくエルマは聞き入れない。
片眉にしわを寄せたヤンキーのような〝なめた目つき〟で、俺を睨んだ。
「これは、ヒナさんとあたくしの勝負なんですのよ。確かに直行さんは正論です。ですが、エジソンだってライバルのニコラ・テスラを悪辣な手段で蹴落としたでしょう」
エルマは唐突に、元いた世界の〝発明王〟の話を持ち出した。
そんなこと言われても……。
「お、おう。確か〝電流戦争〟では、汚いプロパガンダでテスラ陣営のイメージ悪化を企てた」
「そうそう♪ 交流発電機の危険性をアピールするために、わざわざ電気椅子を作って近所の子供に集めさせた犬猫を処刑してみたり♪ あたくし、そこまで鬼畜じゃありませんわ♪」
比較の対象がエジソンとテスラとは、大きく出たものだ。
「でもな、エルマよ。ヒナちゃんさんは味方だし、彼女がいないとウチは成り立たないぞ……」
敵はヒナちゃんじゃないだろ。
俺が、〝大人の説教〟を言いかけたその時、ノックの音が聞こえた。
「やぎゃぺっ。ヒナさんに嗅ぎつかれましたわ!」
エルマは珍妙な悲鳴と共に魚面の寝ているベッドに潜り込む。
だが、奴の予想に反して、ノックをしてきたのはレモリーだった。
「はい。直行さま、お嬢さま。ギッドさまがお見えです」
そういえば、ギッドとヒナちゃんは初対面になるのか……。
俺は少し緊張しながら、エルマと魚面を残して部屋を出た。
次回予告
「エルマよ。鼻息が荒いな。少し落ち着け」
「……そ、そんなことありませんわ♪」
「まあ無理もないよな。生まれてから13年も引きこもっていれば、華やかで社交的なヒナちゃんさんに引け目を感じる気持ちは分かるよ。分かるけど、本編でも言ったように、穏便に行こう」
「引け目なんて感じてませんわ♪ それに『忘却』は穏便な手段ですわ♪」
「メルトエヴァレンスは強敵だゾ。気を抜くナ!」
「お魚先生~♪ 頼りになりますわ~♪」
「殺ス気で行くゾ!」
「お前らな~。次回の更新は8月19日を予定しています。タイトルは『返り討ちのヒナ。エルマ生き血をすすられる』の巻です。お楽しみに」
「直行さ~ん。ウソ予告で縁起でもないこと言うのやめてくださいませ~♪」
「前回の予告はウソじゃなかったからな。わからないぞ」




