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328話・ヒナちゃんさん歓迎パーティ(準備編)

挿絵(By みてみん)


 危険な賭けだが、暗殺者〝透明な蛇〟に新たな任務を与え、解き放った。


「蛇さん、元ボスに報告するつもりならば、ご自由に。何度でも返り討ちにしてあげるからね」 

「強制の魔法で口止めをしてもいいけど、一流の暗殺者に敬意を表して、あんたの好きにさせてあげる」


 ヒナと知里が脅しとも取れる念の押し方で、〝透明な蛇〟に釘を刺す。

 実際、心が読める知里にとって、〝蛇〟が裏切るかどうかは、ある程度把握できているのだろう。


 もちろん後になって心変わりをすることもあり得る。

 俺としては、裏切りに備えて〝強制〟の魔法はかけておくべきだとは思うが……。


 少しばかり不安は残るものの、俺たちは街道で暗殺者を見送った。

 農業ギルドから馬を1頭買い取り、蛇に与えた。


「委細、お任せあれ」

「……なるべく命を大事にな」


 幻影魔法で旅人に変装した蛇とは、言葉少なに分かれた。

 死地に送る罪悪感で、俺は少し胃が痛い。


 こうして、暗殺者〝透明な蛇〟の処遇が終わった。


 ◇ ◆ ◇


 続いてロンレア伯爵邸で夕食会の準備をする。 

 ヒナちゃんを〝客人〟として、もてなすための宴だ。

 もちろん、彼女の正体が勇者自治区の要人ヒナ・メルトエヴァレンスであることは公表しないが。


 参加するのは、俺とエルマ、レモリー、魚面、知里、小夜子、ミウラサキ。

 ネンちゃんも一緒だ。

 アンナの研究室(ラボ)には酒と料理だけを届ける。 

 元冒険者3人組にも、一応声だけはかけておいた。


「たくさん人を呼んで楽しもうよ」

「呼んでいいのか? セキュリティ的に。どうなっても知らないぞ」


 内々でやろうと思っていたが、ヒナちゃんの意向で参加者が増えた。

 とはいっても、仕立て屋ティティや技術者など、主に勇者自治区からの出向組が中心。

 自治区の潜水艦の乗組員たちにも、ご馳走を味わってもらおう。


 また、宴とは別に、ディンドラッド商会の出向組を代表してギッドを呼び出すことにした。

 彼らの家族の身の安全のことを話し合うためだ。


 ヒナちゃんの来訪は極秘としているが、ギッドにだけは打ち明けないといけなくなる。

 人質を一時的に勇者自治区で預かってもらうことを考えているためだ。


 知里によって人質救出のめどはついているが、救出後の落着き先が問題だ。

 戦争が迫るロンレア領では危険だ。


 ギッドが到着する前に、まずはヒナと下話をまとめておくことにした。

 

「いいわ。人質になっているご家族の皆様は、解放され次第、勇者自治区に来てもらいましょう」

「でもヒナちゃんさん。ディンドラッド出向組と再会もさせないで、いきなり自治区に連れて行ってしまうと、抵抗があるんじゃないか?」


 ギッドがどう考えるか分からないが、ただ「ご家族の安全を確保しましたので、自治区で保護します」とだけ告げて、勝手に連れて行ってしまうわけにもいかないだろう。

 商会出向組とその家族は、一度再会させてやらないといけない。


「それならロンレア領で家族と再会した後、希望者のみ順次潜水艦で自治区まで来てもらいましょう。秘密裡にね。ご家族の身の安全はヒナが保証する」

「助かる。ヒナちゃんさん」


 ヒナの発案に、俺は大きく頷いた。

 まさか軍事機密の潜水艦を、民間人の避難のために使わせてもらえるとは夢にも思わなかったが……。


 ◇ ◆ ◇


 夕食会の準備は順調だった。

 水産ギルドから、湖で採れた牡蠣のような貝類や、大きな海老などが次々と搬入されてくる。

 また、ナマズのような淡水魚や、大きく育った鮭類。


 農業ギルドからは、野菜やデザートの果物が運び込まれてくる。

 念のため、彼らにはヒナの存在を知らせてはいない。


 夕食会のメニューは、ヒナのリクエストで水産物が中心となった。

 俺としては肉が食べたかったんだが、主賓の要望は無視できない。

 

 なんでも、ここら辺一帯、中央湖北面で獲れる魚種や、水産物の味などを知りたいそうだ。

 確かに勇者自治区とロンレア領は同じ湖に面しているとはいえ、ほぼ対岸に位置するため、水質などは異なるかもしれない。


 この世界には精霊が存在していて、気候風土にかなりの影響を与えている。

 同じ湖といっても、生息する魚介類や漁獲高などがまるで違う可能性がある。


 ヒナとしては、そういった現地調査も兼ねているのだろう。

 わがロンレア領としても、水産物の輸出の足掛かりになれば御の字だ。


「おつかれさまです! 水産品の販路を広げる計画も温めてますよ。みなさんの所得を1年で倍増させてみせますので、楽しみにしていてください」


 忙しく魚介類を搬入してくれる水産ギルド関係者を労いながら、俺はそんなことを言った。

 危機が迫っている中、少し無責任かもしれないけどな。

 でも、危機の先に希望は見出しておきたい。


 ◇ ◆ ◇

 

「あれ、ところでエルマの姿が見えないようだけど……?」


 俺は先ほどから、奴の姿が見えないことに気づいた。

 いつも何かを茶化すときに使う笛の音も聴こえてこない。


「ミウラサキ君が迎えに行って、連れてきたはずだよな……?」

「うん。さっきまでいたんだけど、おかしいなあ」


 ミウラサキが首を傾げている。

 

 俺は窓の外を見て、エルマを探す。

 奴はコボルトのジャリーだかメアリーだかを連れて、鉄条網を敷いていたけれど……。

 姿が見えないので、部屋にいるのかもしれない。


 ◇ ◆ ◇


 俺はエルマの私室の前に立った。

 ノックをするが、返事はない。


「エルマ俺だ。いるんだろ? 開けてくれ」

「…………」


 返事はないが、人の気配はする。


「俺のほかには誰もいない。暗殺者は新王都へ向かった。知里さんの話によれば、もう安全だ……」


 矢継ぎ早に話していると、内側から静かに扉が開いた。

 中を覗くと、パンツ一丁の白コボルトがいて、俺を迎え入れる。

 コボルトは人差し指を「しぃーっ」と口に押し当てながら、俺を案内した。


 部屋の中ではエルマが椅子に腰かけていた。

 そしてなぜかベッドには魚面が横たわっている。


「あれ……エルマ。魚面まで、どうしてこんなところに」

「あたくしの部屋を〝こんなところ〟なんて言わないでくださいます? 直行さん」

「お、おう……。だけど、魚面がどうして」


 失った足がまだ錬成(治療)の途中である魚面は、歩くこともできないはずだ。


「お魚先生は、ジャリーとメリーにここまで運ばせましたのよ♪」

「何だ。新しい召喚術でも教わるためか?」

「実は折り入って相談がありまして……」


 エルマは神妙な顔つきで言った。


「……ヒナさんの記憶を奪うことはできないものかと、お魚先生に相談しているのですわ♪」

「なんで? ……ああ、前にギャン泣きしたことか?」


 あの一件なら、俺を含めて何人も目撃者がいるし、サンドリヨン城で受付をやっていたモブの人(失礼!)にも、見られている。

 全員の記憶を消そうにも、誰がいたかも把握できない。

 今さらどうしようもないだろう。

 

「何のことですの? あたくし泣いてなんかいませんわ!」


 エルマは強引にとぼけた。


「……まあいい。それで、お前はいったい、ヒナちゃんさんの何の記憶を奪うつもりなんだ?」

「決まっていますわ♪ 『空間転移魔法』ですわ♪」


 俺と魚面は互いに顔を見合わせて、首を傾げた。



次回予告


「ねぇヒナ。エルマお嬢には気を付けた方がいいと思う。危険なことを考えているわよ」

「あら知里。あんな小さな子がわたしに、いったい何ができるっていうのかしら?」

「……ヒナ、あんたの自信と余裕たっぷりで、リア充全開な態度が、お嬢の反感を買ってるのよ」

「……それって、知里の思ってることでもあるんじゃなくて?」

「げっ」

「……ちーちゃんは分かりやすいよね」

「ちょっと! 人がせっかく警告してやってるっていうのに、あんたがそういう態度だから……」

「ちーちゃん、素直になろうよ。心を開けば、ちーちゃんだって皆と仲良くできるって!」

「ぐぬぬ……。次回、『リア充許すまじ! 狂犬エルマの謀略』。更新は8月17日を予定しています。お楽しみにね」

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