32話・例のセーターを着た従者レモリー
◇ ◆ ◇
翌朝、朝食を済ませた俺たちは馬車を手配するために街へ出る……予定だった。
しかし、何を間違えたのかレモリーが童○を殺すセーターのような恰好に着替えてきた。
「レモリー、その格好は……?」
「……はい、せっかく2人きりなのでお嬢様がこれを着ていけと」
「確かに俺は私服でとは言ったけど、それ恥ずかしくないか」
「はい。直行さまは、お気に召しませんでしたか?」
レモリーは真っ赤になってうつむいてしまった。
普段クールな感じなので、恥ずかしそうにモジモジしているギャップが良い。
ドアの陰からエルマのゲスな視線も感じる。
「クク……女性は30を過ぎると性欲が旺盛になるそうですわ。具体的に何がどう乱れるのか、後学のために直行さん、ぜひ後で教えてくださいませね♪」
俺と目が合ったエルマは、小さな声で言った。
どんな教育を受けたら、ああいうゲスいお嬢様になるのか……。
あ、いや転生者か……。
ちなみに俺もいつものジャージではなく、商人のような恰好に着替えている。
ロンレア家で以前雇っていた執事のものを組み合わせて、それらしく装ったのだ。
絵面的には放蕩商人と愛人だが、まあいいか。
まずは肝心な馬車の手配。
旧王都から勇者自治区までは片道半日だという。
新しい街道が整備されているので、道中は楽だそうだ。
向こうでの搬入や手続きなどを考慮すれば、往復で2日といったところか。
「馬車を借りたいのだけれど、よろしいかね?」
「はぁ、何言ってんだアンタ」
乗り合い馬車を借りようとしたら、にべもなく断られた。
路線バスをチャーターするようなものだし、これは仕方がない。
この世界にはレンタカーのような商売はないようだ。
運搬用の馬の相場はおよそ120万~250万ゼニル。
荷台は中古でも60万ゼニル。
従者の人件費が1日1万として2日分。
一番安く見積もっても182万ゼニル~高くて312万ゼニル。
買えない金額ではないけれど、一度きりの取引で荷馬車を買うのは現実的ではない。
馬の維持費とかもあるし。
「はい、それに新しい馬での商品の運搬は、少々不安もあるかと存じます。荷運びに慣れた馬を借りるのが得策かと」
「やっぱそうだよな」
そこで俺たちは異界風の仕入れ用の荷馬車を借りる手はずを整えた。
ロンレア家としてではなく、あくまで俺からの個人的な依頼として。
「お客さんはお嬢様のご友人だし、いつも贔屓にしてくれてるからね。仕入れのない日ならウチの若ぇのに手伝わせますよ」
坊主頭でひげ面の店主は快諾してくれた。
ツケで飲んでいるのに、なんて気前がいいのだろう。
だが、今回は現金即決だ。
1日のレンタル料は諸経費込みで10万ゼニル。
少し色を付けて22万ゼニルで二日分借りることにした。
◇ ◆ ◇
後は護衛の冒険者の手配だが、こちらも少し難儀してしまった。
魔王討伐以前は盛況だったという冒険者市場も、今や見る影もなく衰退していた。
冒険者ギルドも、ほとんど流行らない単なる酒場と化している。
俺は暇そうにしていたギルドマスターのオッサンに銀貨を渡して相談してみた。
「そこそこ腕が立って信用できる冒険者を紹介してほしい」
「とびきりの奴なら1人知ってる」
「へえ!」
「『頬杖の大天使』の二つ名を持つ女で、気難しいが腕は確かで信用できる」
「その人を紹介してもらえませんか?」
「最近はてんで見かけねえが、紹介料5000ゼニルで話は通しておいてやるよ。急ぎの仕事かい?」
「1週間後に予定してる依頼なんだが……」
「急な話だとご指名は難しいかな。それに冒険者の数もめっきり少なくなっちまってな。まあ、腕の立つ奴でも大半は引退してるし、要領のいい奴は別の仕事についてるご時世だからな……」
かつての戦士や盗賊や魔法使いの多くが、建築現場や国境警備の傭兵団として収入を得ているという。
野盗や非合法の活動員として闇の世界に生きている者も少なくないそうだ。
俺たちの目当てだった護衛任務も、商家の専属の用心棒として雇われている者がほとんどで、フリーで護衛を請け負う者なども、まずいないという。
それはそうだ、商人からしてみたらその都度冒険者に大事な荷物を守らせるよりも、信頼できそうな者を専属で雇った方が安心できる。
俺たちはオッサンの長い話を聞いて肩を落とした。
「あまり負担はかけたくないけど、護衛はレモリーに任せるとするか」
「はい、お任せください」
勇者自治区への街道は治安も良く、めったなことでは賊の心配もないそうだ。
しかし扱う商品は割れ物だし、大金がかかっている。
念には念を入れておきたい。
そんな風に考えながら、俺は護衛役を探していた。
その時だ。
奥のテーブルでひっそりと食事をしていた3人組の男から、ひときわ背の小さい者が飛び出してきて俺たちの前に立ちはだかった。
「冒険者をお探しだって? 何を隠そうオレたちは冒険者さ」
見るからに盗賊といった小男が、見栄を切った。
しかし何というか、いまひとつパッとしない印象だ。
奥のテーブルには顔色の悪いハイエナのような男と、大柄でトドかセイウチのような海獣を彷彿とさせる男が、1杯のシチューを3人でシェアしていた。
「そこの3人組は悪い奴らじゃないが、命のやり取りには向いてない。連れて行くんなら死なせないでやってくれ」
ギルドマスターはため息交じりに言った。
「おいマスター、つれない事言うなよ。なあ大将、どうだい仕事なら請け負うぜ?」
「お、おう……」
俺とレモリーはどう反応していいか分からず、顔を見合わせていた。
「……って、ボンゴロ、ネリー、お前らあっしが交渉してる時にあっしの分、勝手に食ってんじゃねーぞ」
「食ってないお。おいら食ってない」
「いいから仕事をとってくるのだ、スライシャー」
……ボンゴロ、ネリー、スライシャー?
何だろう、この3人組は。
ギルドマスターの方を見ると、オッサンはもう一度大きくため息を吐いた。
やれやれ、といった表情で、厨房に引っ込んでいってしまった。
俺は、この3人組をまじまじと見る。
つくづく冴えない感じだが、どこか憎めない愛嬌があった。
「お前たち3人は冒険者と言ってたよな?」
「へっ、冒険のロマンが捨てきれずに、この仕事にしがみついている哀れな男たちだと笑ってくれても構いやせんぜ」
……なんかリアクションに困る奴らだけど、話だけはしてみるか。




