323話・天才たちの狩場
「あたしが解呪を受け持つ。ヒナは──」
「雨雲なら、もう呼んだわ」
知里が半径2キロ圏内の魔法効果を解呪した。
続いてヒナが同規模の範囲に大雨を降らせた。
何の前触れもなく、巨大な雨雲がロンレア領上空を覆った。
突然の豪雨に、農作業をする者たちは声を上げながら散っていく。
「ママ、これを!」
雨雲を召喚したばかりのヒナが、間髪を入れずに双眼鏡を召喚して手渡す。
小夜子は待ってましたとばかりに受け取ると、開いていた窓から屋根の上に昇った。
「農作業を中断させちゃって、申し訳ないけど……!」
「俺たちも目視で敵を探そう! レモリーは精霊術で援護を!」
屋根の上の小夜子。
俺たちは窓から周囲をうかがう。
「はい。風の精霊よ。われらの敵を探知せよ」
レモリーはネンちゃんをかばいながら、風の精霊を周囲に飛ばす。
ヒナは窓に半身を乗り出したまま、指先を小刻みに動かして雨の降り方を調整している。
「この雨で擬態を洗い流せるといいんだけど……」
「刺青みたいなのだったら、分かんないんじゃないか、ヒナちゃんさん」
「あたしも『他心通』で索敵する。プロの暗殺者相手だから、うまく読めるか分からないけど……」
「俺もそれらしき人影を探そう……」
その時だ。
雨宿りをするため、建物方向に走る農夫たちとは、明らかに動線の違う人影があった。
それも、複数体……。
蜘蛛の子を散らすように、バラバラの方向に逃げていく。
「〝透明な蛇〟って、何人もいるのかよ?」
思わず俺は叫んだが、ヒナも知里も、屋根の上の小夜子も動じない。
「たぶん幻影術でしょう。9人も同時に作れるなんて、まあまあじゃない?」
「でも動きが一律ね。想像力が足りないんじゃないの」
知里が指をパチンと弾くと、幻は消えた。
「いいえ……。本体まで消えてしまいました」
臨戦態勢を取っていたレモリーが、拍子抜けをしたような顔をした。
「本体……と見せかけてフェイク。本物は別のところにいたのか」
「知里、蛇さんはどんなことを思ってるかしら?」
「〝レッサーデーモンを召喚して現場を引っ掻き回す〟。……だってさ。まあ及第点じゃない」
ヒナの問いに知里は答えた。
特殊スキル『他心通』で、〝透明な蛇〟の心を読んだのだろう。
「通信妨害をしておくべきだったわね。でも実力差があるから、あたしやヒナには通じないけど」
そして、おもむろに木陰を指さす。
人気のない場所にもかかわらず、そこからは異様な雰囲気を感じる。
「へえ……。〝透明な蛇〟は、召喚士でもあるのね」
「レッサーデーモン。4体イルはず……。皆、油断しないで。気をつけテ」
ヒナが感心したようにつぶやいた一方、魚面は警戒を怠らない。
「ねえヒナ。先にデーモンを全部刈り取った方が、本体と一騎打ちの権利を得る。どうよ?」
相手を弄ぶかのような知里の言い方に、ヒナはあきれ顔だ。
「……そういう〝狩り〟みたいな戦い方をして、よくグレン座長に叱られたよね。でも、久しぶりに腕がなるわ。知里、ヒナと競争してみる?」
2人は互いに牽制し合いながら、魔力を腕に宿していく。
お互いの目から火花が散り、知里の瞳は炎を宿す。
「だ・け・ど……。知里、その目を燃やす演出、意味ないよ。魔力の無駄遣いだって、ヒナ6年前に言ったよね?」
「美学だから。意味ないこともないから。モチベ上がるし……」
……俺は軽くショックを受けた。
あれ、ワザとやっていたのか……。
知里が本気を出した時によくやっている〝燃える瞳〟が、単なる演出だったとは……。
てっきり余剰魔力の解放とか、魔法系強キャラの〝ほとばしる魔力エネルギー〟だと思っていた。
「やっぱり直行君もそう思うよね!」
そんな俺の表情を見て、ヒナは〝我が意を得たり〟と笑った。
ついでに〝他心通のマネしちゃった〟みたいな得意げな表情だ。
当然、知里は面白くない。
「ちっ……」
俺とヒナを見て舌打ちをする。
「2人とも遊んでないで、お百姓さんに被害が出る前にデーモンを倒しましょう!」
屋根の上からは小夜子の声。
彼女は身体に〝闘気〟をまとうと、弾丸のような速さで木陰へと飛んでいった。
「グレン式・抜刀術〝悪魔斬り〟とりゃあああーー!!!!」
小夜子が絶叫し、一見、何もない空中を斬りかかる。
あまりに一瞬のことなので、何が起こったのか俺には詳細が追えない。
「ギィャアアアアーー!!」
青紫色の鮮血が噴き出し、山羊の頭と蝙蝠の翼を持つ悪魔が、断末魔の悲鳴を上げた。
小夜子はそのまま空中で何度も斬りかかり、炎をまとった太刀〝濡れ烏〟で切り刻む。
この戦い方は、地上に悪魔の死体を落とさないためのものだ。
この辺りには畑も多い。
下級悪魔の亡骸が、土壌を汚染しないとも限らない。
「お小夜! 敵に囲まれてる」
「ヒナが一掃する! ママは巻き添えを食わないように障壁で防いで!」
下級悪魔の残骸処理に気を取られていた小夜子に、残った悪魔たちが自爆攻撃を仕掛ける……。
俺には何も見えないが、敵に囲まれているようだ。
「そこ!」
ヒナがまず飛び出していき、極太のレーザービームのような光線を乱射する。
小夜子はピンク色の障壁で身を守っているが、レーザーはうまく彼女を避けて放出されている。
一瞬のうちに、小夜子を取り囲んでいた3体のレッサーデーモンは倒された。
ヒナと小夜子がハイタッチを交わしている。
「させるか!」
一方、知里は俺の目の前に立ちふさがる。
そして何もない空間に手を伸ばし、解呪の術式を発現させる。
現れたのは、液晶画面で見たのと同じ、浅葱色のコブラを模した仮面と紫色のプロテクター姿。
ここからでは性別は分からないが、あれが〝透明な蛇〟か──。
次回予告
「知里さんの片目が燃える演出、何の意味もなかったんですね♪ 単なる魔力の無駄遣いでしたか」
「本人はモチベが上がるって言ってるし、意味ないこともないんじゃないか」
「まあ、本人がそう言うのなら、あたくしは何も言いませんけどねー♪」
「しかし気をつけろよエルマ、知里さん心が読めるんだからな」
「いい年して中二病なんて思ってたら、筒抜けですものね」
「しぃーっ。声に出すなよ、エルマ。知里さん余計に傷ついちゃうぞ」
知里登場。
「ち、ち……知里さん。ご、ごきげんようですわ♪」
「ごきげんよう。エルマ嬢、瞳を燃やす演出、教えてあげよっか?」
「け、結構ですわ。あたくし中二病は卒業しましたの。ていうか中一、まだ中一ですから♪」
「……まあ、いいけど」
(エルマの奴、ホントはアレやってみたかったんだな……)
「次回の更新は8月6日。サブタイトルは『燃える瞳のエルマ』でいい?」
「知里さーん、勘弁してくださいですわー」




