321話・〝透明な蛇〟
「ちーちゃん……。やっと闇の魔力を解放したのね……」
「まあね」
「……」
ヒナと知里。2人の間に、何とも重い空気が漂っている。
「6年……遅かったね。魔王戦のとき知里がいてくれたなら、心強かったけれど、ヒナたちだけでもやれたよ」
「お小夜もカレムもアンタも……あたしと違って責任感があるからね……」
「……トシは無責任……だけどね。知ってる? いま囲ってる悪趣味なハーレムの話」
「ううん。みんな……もうあたしとは別の世界の人間だから」
一見すると親しげに話しているように見える。
しかし、ひとつひとつの言葉をやっと絞り出しているような緊張感。
見ているだけでも胃が痛くなってくるような気がする。
「そんなことよりも……」
知里が話題を切り替えた。
ポケットから表皮仮面を取り出し、ヒナに差し出す。
「勇者自治区のナンバーツーがここにいるのを知られたらマズいんじゃない?」
「ヒナの敵感知では、いまのところ敵が潜んでる様子はないけど……」
「いや、間違いなく〝いる〟はず……」
「……そう。なら〝変装〟しておこうかな」
ヒナは知里が差し出した表皮仮面は受け取らず、自らの幻影魔法で姿を変えた。
とはいえ、印象はそこまで変わらない派手な美人だが。
髪型はアフロヘアーだった。
「なんでアフロなの?」
「何となく、そんな気分」
ヒナは笑う。
あまり、変装の意味がないような気がするけど……。
それでも、緊張していたその場の空気が一瞬、和んだ。
「知里さんも、こんな風に変装してフィンフに会ったのか?」
「いや、この表皮仮面でちゃんと内通者の彼女に成りすましたよ。……それで、探ってみたら、いま領内に危険な敵が潜んでいることを知った」
知里は内通者本人から個人情報や詳しい経緯を聞き出している。
服も本人のものを借りた。
虚偽魔法でも使われない限り、まず見破られないだろう。
……本来の任務は、人質になったギッドらの家族の救出だったはずだが……。
「危険な敵? この領内に……?」
「人質の解放よりも、優先度が高かったので、取り急ぎ戻って来た」
「また内通者ってこと?」
「いや。あんたたちを直接狙う〝透明な蛇〟が潜んでいる」
「なにそれ魔物か?」
「ねえ知里、ヒナひとつ疑問なんだけど。透明なのに、どうして蛇だって分かるの?」
ヒナの横やりに、知里は少し嫌そうな顔をして答える。
「ディンドラッド商会が雇った殺し屋集団〝鵺〟のメンバーは3人。そのうちの1人が〝透明な蛇〟っていうコードネームなの」
「暗殺者が、どうしてここを狙うんだ?」
「直行、あんたとエルマお嬢を始末するためよ。そうすれば、いくら後ろ盾として英雄たちがいようとも、商会の目的は達成するのだそうよ」
……目的が俺たち2人の始末とは、とうとうそこまできたか。
ディンドラッド商会に命を狙われているとハッキリ知ったのはこれが初めてだ。
背筋が寒くなった。
「しかも、敵は透明で姿が見えないのか。厄介だな」
「だから慌てて戻ったのだけど、まさかヒナまで来てるとは……思いもよらなかったわ」
知里はヒナを見て苦笑した。
「わたしの防犯パトロールでは、特に異常はなかったけど……」
「お小夜は目立つから、避けられたんでしょうね」
ビキニ姿で日本刀(しかも妖刀)を背負った女が、自転車を乗り回している。
ポリスキャップの意味は分からなくても、その女は先日、まさにあの妖刀で〝鵺〟のメンバーが召喚したドラゴンゾンビを空中でぶった切ったのだ。
俺が〝鵺〟の暗殺者なら、まず近づきたくない相手だ。
「しかし敵の狙いが俺とエルマだとすると、警戒すべきは屋敷の周辺だな」
そういえば魚面がガーゴイルを召喚していることを思い出した。
以前デジカメを持たせて、屋根の上で〝監視カメラ役〟をさせていた。
俺と魚面が生死をさまよっていたので、しばらく放置したままだったが。
「一度戻るべきだろうか」
「ヒナとしても、〝透明な蛇〟はここで捕えておかないとダメだと思う」
賢者ヒナとロンレア領の接触。
その決定的な情報を敵に握られる前に、敵を捕えるか対処しなければならない。
今回ばかりは、〝敵の殺害〟となる結果も覚悟しないといけない。
「ボクが車を回すから、みんなで乗りつけよう」
「そうね。あたしとヒナが車中から索敵する」
「OK。姿が見られないのに越したことはないもんね」
「自転車を積むと、みんなで乗れないよね。わたしはわざと目立ちながらお屋敷に入るわ」
元・勇者パーティの行動は早かった。
特に知里とヒナは、先ほどまでの気まずい空気が嘘のように連携している。
2人は左右のシートに座り、それぞれの窓から敵感知を放つ。
一方、自転車に乗った小夜子は、昭和のアイドル歌謡曲を歌いながらあぜ道を走った。
自動車は、彼女とは別の道を選び、ロンレア邸を目指す。
「透明な敵というけれど、幻影魔法で透明になっているのか、魔法道具を使ってるのか、スキルなのか。知里は潜入捜査で、どこまで情報をつかんだの?」
ヒナが矢継ぎ早に訊いた。
「依頼主の心を読んだだけだから、具体的な〝透明化〟の方法まではつかめてない。ただ、敵の狙いが直行とエルマお嬢であるのは確かね」
「OK。今のところ、ヒナが見てる側に異常はないわ」
「あたしの受け持ちのとこも異常なし」
魔法の使えない俺には、車窓から見える景色は、いつも通りの長閑な田園風景だ。
車は、朝となんら変わりのないロンレア邸の敷地の門をくぐる。
こんなところに、本当に〝姿なき暗殺者〟が潜んでいるのだろうか……。
「む……!」
そう疑いかけた矢先、敵襲の動かぬ証拠が目に入った。
屋敷に車が近づくと、屋根の上で監視させていたガーゴイルが、いつ襲撃されたのか無残な姿をさらしていたのだ。
カメラの残骸も確認できた。
「レモリーと魚面とネンちゃんは無事か?!」
俺は車から身を乗り出して屋敷を見る。
「大丈夫。室内には敵意のない生体反応が3つ」
「周辺にも〝敵意〟はないわね」
知里とヒナが敵感知で周辺を索敵した。
「……俺が出かける前は、まだガーゴイルは無事だったはず」
「だとすると、これをやったのは、直行君とヒナが会っていた前後ね」
「さっき車が何かにぶつかったような気がするけど、気のせいかな……」
「念のために索敵魔法と『他心通』で探ったけど、気配はなかったよ」
突如現れた〝透明な敵〟。
不気味な敵だが、そこまで絶望感はなかった。
こちらには現在、世界屈指の最強カードがそろっている。
それだけに、いまのうちに敵を捕えなければならない。
次回予告
「ヒナさん、お忍びだから変装しているのに、なんでアフロなんですの? 領内でアフロは珍しいですから、かえって目立つじゃありませんか」
「お、おう」
「母親である小夜子さんも小夜子さんですわ。巨乳ビキニで防犯パトロールなんて、どう見ても煽ってるとしか思えませんけど♪ 親娘して、目的と行動が逆なんですのね♪」
「そう言うなエルマよ。純粋な人たちなんだから」
「そうですわ、直行さん。あたくしたちも見習いましょう♪ 暗殺者に命を狙われているのなら、逆に目立ってやりましょう♪ 派手に煽って大騒ぎすれば、かえって……」
「次回、『第322話・エルマ、蜂の巣になる』。8月2日くらいに更新予定です。お楽しみに」




