320話・花柄とモノトーン
「ヒナちゃんさん、痛くないかい?」
スキル結晶『理性+3』のサンプルを、自ら首筋に挿入したヒナ。
俺も3カ月前に『回避+3』を埋め込んだ経験があるが、絶叫するほど痛かった。
しかしヒナは涼しい顔をしていた。
「そりゃあ、痛いけど。兵士たちにこれを強要する以上は、ヒナも痛みを引き受けないとね」
ヒナは大人びた笑顔を見せた。
幼女のように小夜子に甘える顔とは別人のようだった。
「効果が出るのは数日後だろうなッ。データも取りたいので、施術後の経過を日誌みたいに書いてくれると助かるッ」
「OK。ここには何度も来られないから、手紙で送りましょう。他にもサンプルがあったら、いくつか頂戴できるかしら?」
「……こちらにございます」
アンナの目くばせに反応したネリーが、数個のスキル結晶を持って来る。
「ありがとう。優秀な助手さんね。今回の代金はこれでいいかしら?」
ヒナは指輪を2つほど外し、俺とアンナにそれぞれ渡した。
「魔晶石の指輪かッ。見たことのない色だな」
「売れば500万にはなるでしょう。どう使うかはお任せするわ」
魔晶石はMPを補助するアイテムだ。
身の丈を超えた威力の魔法を使う際に重宝する。
クロノ王国から領土を守らなければならない俺たちにとって、実にありがたい差し入れだ。
「ありがたく頂戴します、ヒナちゃんさん」
「直行ッ。魔法が使えないお前が持ってても仕方がないだろッ。なァ……それ、わたしに譲らないか?」
「悪いけど、いまは有事だ。不測の事態に備えさせてもらう」
物欲しそうなアンナをあしらい、俺はヒナに礼を言った。
「ヒナちゃんさんのご助力に感謝します」
「表立っては無理だけど、水面下では協力を惜しまないわ。スキル結晶の量産は、わが自治区の100年先を見据えた国家戦略だもの」
ヒナは、大きく頷いてみせた。
俺も〝一蓮托生〟だと胸に手を当てて頷く。
そしてアンナの研究所を後にした。
◇ ◆ ◇
ロンレア邸に向かう道すがら、俺とヒナは今後の方針についても話した。
小夜子も一緒だったけど、彼女は周辺の警戒を行っている。
スライシャーはいつの間にか消えていた。
「……ふうん。周辺地区の食糧の買い上げかぁ」
「俺には軍隊のことなんて分からないけど……」
俺とヒナは、あぜ道を歩きながら話している。
「……確かにクロノ王国は略奪をやりかねない。OK。自治区が全額負担しましょう。シェルター設営についてもヒナの知らない間に進んでるみたいね」
「いつも事後承諾になってすまない……」
「気にしないで。そんなことより……」
不意にヒナは足を止め、鉄条網に目を留めた。
有刺鉄線を召喚したエルマが、コボルトに命じて杭を立て、グルグル巻きにしたものだ。
「あの鉄条網は何? 猛獣注意なんて書いてあるけど、この辺りにそんなのいるの?」
「騎兵対策。でも意外だな。ヒナちゃんさんなら知ってると思ったけど?」
「幸いにも、ヒナたちは人間相手の戦争はしてこなかったからね。でも参考になったわ」
「景観を著しく損ねちゃうけどね」
俺とヒナは鉄条網を見て苦笑いをした。
「ヒナ執政官。俺たちはトカゲの尻尾みたいな立場なのに、ご協力に感謝します」
「でも、ひとつだけ条件があるわ」
……来た。
俺の背中に冷たい汗が流れた。
「どうかしたの2人とも?」
俺たちが急に立ち止まったりしていたので、心配そうに小夜子が駆けてきた。
「あ、ママ。ちょうどいいところに来た」
「条件というのは、〝ママに人殺しをさせないで〟。ということ」
「……ヒナちゃん」
「言うまでもない。誓うよ」
「これだけはお願いね。ママを苦しめたら、たとえ直行くんでも容赦しない」
ヒナは小夜子を背中から軽く抱きしめると、鋭い表情で俺を見た。
…………。
ちょうど、その時だった。
あぜ道の向こうからクラクションが鳴った。
真っ黒に塗り替えられたワーゲンバスを模した自動車が近づいてくる。
助手席の窓が開いて、知里が照れくさそうに手を振る……。
が、ヒナの姿を認めると、すぐに首をひっこめてしまった。
「げっ!」
知里が最後に短い悲鳴を上げたのが、確かに聞こえた。
自動車が止まる。
「アレ? ヒナっちがどうしてここに……?」
ドアが開いて、ミウラサキが飛び出してきた。
驚いた様子で、ヒナの姿を見つめている。
知里は、車に閉じこもったまま出てこない。
「……カレム君。これ、ヒナの車よね?」
ヒナは真っ黒な自動車を見て、大きくため息をついた。
そしてボンネットのファンシードクロを指でつつく。
すさまじい緊張感と重い空気だ。
ヒナは少し苦笑して、助手席のドアを開けた。
「あら、ちーちゃん。お久しぶりね」
「……久しぶり」
「ヒナの車を真っ黒に塗ったのは、あなたの指図かしら?」
「あたしが直接塗った。カレムを責めないでやって」
知里はかなり緊張していた様子で気まずそうにしていたが、次第に落ち着いてきた。
ヒナがいま何を思っているのか、理解したのだろう。
スッと立ってまっすぐにヒナを見る。
「そんなことより、ちーちゃん……あなた。ついに闇の魔力を会得したのね」
次回予告
「知里さんとヒナさん、犬猿の仲と聞いていましたのに、意外とうまくやってるんですのね。期待外れですわ……」
「何を期待していたんだエルマよ。よかったじゃないか」
「あたくし、お2人のためにキャットファイト特設リングをご用意しておりました♪ 花柄ビキニとモノトーンビキニ(胸部分はファンシードクロ)で、盛大にやっていただきましょう! 一口1000ゼニルからいかがです♪」
「乗りやしょう。花柄に1000……」
「クバラ翁いつの間に」
「さすがクバラお爺ちゃま♪ 賭け事に目がないですわね」
「あっしは知里姐さんに1000」
「スラ、反射的に小銭を握るのはやめろ」
「それでは次回、7月31日くらいに更新予定『ポロリ? キャットファイトの行方』。お楽しみに♪」




