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319話・スキル結晶生産ラボ

「ヒナちゃんさん、設計図を見ただけなのに、地下室の位置をよく覚えてるね」

 

 段ボール工場の地下にスキル結晶の生産施設がある。

 特定の床に蝶番(ちょうつがい)がついていて、手前から持ち上げる構造になっている。

 梯子がかかっていて、隠し部屋への通路になる。


 印も何もないので、知らない人にはまず分からない。


「トシちゃんの『天元通(てんげんつう)』で、スキルを進化させてもらったのよねー」

「『超精密記憶』ね」


 確か『未練がましい』と『根に持つタイプ』という2つの性格スキルを進化させたと言っていたな。

 加えてヒナは召喚士でもある。

 元の世界から様々なモノを持って来るのに、とてつもなく便利なスキルだ。


「足元に気をつけてね、ママ」


 スライシャーに見張りを頼み、俺たちは地下へと降りていく。

 奴は賢者ヒナの存在にはピンと来ていないようで、「いい女がいるっすね」みたいな素っ気ない態度だった。

 写真も新聞もテレビもない世界だから、ヒナちゃんの顔を知らないのは当然だ。


 梯子を降りていくと、防護服が並んだ小部屋に出る。

 青と白のお馴染みのやつだ。


挿絵(By みてみん)


「ここで防護服に着替えてもらう」

「当初の計画にはなかったでしょう」

「ああ。海外ドラマで見た麻薬工場のシーンから思いついた」


 本当はエルマの発案だけど、奴が転生者であることはヒナちゃんにも教えていない。


「衛生的な環境では、スキル結晶の精度が上がる」

「すばらしいわ」


 ヒナは頷きながら、マリンルックの上から防護服を着こむ。

 キャプテンハットも脱いだ彼女は、フードを被って完全防備だ。


 俺も小夜子も、ヒナに続いた。

 次に、俺は部屋の隅にある内線を取った。


「あー、もしもし。作業中すまない。突然で悪いんだがお客さんだ。いま行って大丈夫か?」


 俺の声はラボのスピーカーから聞こえているはずだ。

 内線は、もしもの時の連絡用で、敵襲や洪水などを知らせるために取りつけた。

 敵に踏み込まれた際には、対魔法処理の施されたシャッターが降りる仕組みにもなっている。


「いま、吾輩が消毒に行く。しばし待たれよ……」


 ネリーの声だ。

 すっかり助手として板についてきた彼は、白衣の似合う男になっていた。


 2分ほど待ったところで、ネリーがやって来た。

 俺たちとは違う、黄色い防護服姿で、青い手袋。

 吹きつけるタイプの消毒液を持っている。


「何だかわたし、緊張してきちゃった。ていうか、わたしパトロールに出なくていいの?」

「せっかくヒナが来たんだから、側にいてよママ」


 小夜子の言う通り、彼女が研究所に来る意味はなかったが、ヒナが離さなかった。


 ◇ ◆ ◇ 


 研究室は以前の工房とはうって変わって、整然としていた。

 ステンレス製の器具や、ビーカーなども工業用ワイパーできれいに磨かれている。

 ケージに入れられた蛇やラットも、心なしか小奇麗に見える。


「アンナ女史、ごきげんよう。ご無沙汰しているわね」

「ヒナ執政官どのは抜き打ち視察かッ。サボってないから安心してくれッ」


 消毒を済ませ、研究所に入った俺たちを、防護服姿のアンナが出迎える。

 ヒナは、優雅な身のこなしで礼をする。


「サンプルをいただけるかしら?」


 ヒナは単刀直入に言った。

 それに対し、アンナは不敵に笑った。

 ネリーに目配せをすると、奥の引き出しから、澄んだ青のスキル結晶が現れた。


「ありがとう」


 ヒナは『理性+3』のスキル結晶を手に取ると、まじまじと見つめた。

 集中したヒナは、怖いほど研ぎ澄まされたオーラを発している。

 魔力を帯びた紫色の瞳で、快晴の空のような青い結晶を眺める。


 指でつまんで、光に当てて様々な角度から精度を確かめている。


「間違いなく『理性+3』ね。もう人間での実験はお済みかしら?」

「吾輩で試してある……」

「人体実験の数をこなすなら死刑囚をオススメするッ。悪い奴も最後に人の役に立てるんだ。〝人道的〟だと思わないかッ?」


 アンナのメチャクチャな理屈はともかく、実用段階なら複数人に施術してみる必要がある。


「もし何なら俺で試してもいいよ。『回避+3』入れてから3カ月でだいぶ馴染んでるし」

「それは良いアイデアだッ。直行ッ。貴様は見境なく女に手を出す痴れ者だからなッ! 少しは『理性』で落ち着いてもらう方が、世のため人のためだッ」

「直行くん、レモリーさんを大切にしてあげなきゃダメよ」


 アンナや小夜子が言うほど、俺は見境ないわけではないと思うが……。

 まあ『理性+3』に基づいた冷静さは、あって損をするものではない。


「それには及ばないわ」


 しかし、ヒナがそれを遮った。

 そして何の躊躇もなくスキル結晶を、自身の首の裏側に押し込んだ。


「……くっ」 


 少し苦悶の表情を浮かべながら、迷いのない動作で『理性+3』を首筋から体内に埋め込んでいく。


「ヒナちゃん!」

「心配しないで、ママ。ヒナはけっこう熱くなるタイプだから、『理性+3』は自分でも打とうと思ってたのよ」


 駆け寄った小夜子の手を取り、ヒナは微笑んだ。


「思い切りのいい奴は、嫌いじゃないぞッ。ヒナ・メルトエヴァレンスッ!」 


 錬金術師アンナ・ハイムは不敵に笑った。 

次回予告


「ヒナちゃんさんの行動力には恐れ入ったよ」

「『理性+3』ですか……。あたくしたちが装着したら、『恥ずかしがりやと慈愛令嬢』にタイトルを変えないといけませんわね……」

「どうしてそうなる? 『理性+3』が入ったところで、そう簡単に人格までは変わらないと思うぞ」

「『恥ずかしがりやと慈愛令嬢』なんて、いいタイトルだと思いません?」

「牧歌的ではあるな。戦争なんて起こらなそうだ」

「だったら決まりですわ。次回『スローライフ恥ずかしがりやと慈愛令嬢』次回の更新は7月29日ですわ♪」

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― 新着の感想 ―
[一言] スキル結晶て悪魔の実みたいなもんなんですか?制限があるというのは。 「尿キレ+6」とか、「寝癖+99」なんかあっても何の役にも立ちませんがありそうでイヤですね。
2021/07/27 23:00 退会済み
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