31話・作戦会議
◇ ◆ ◇
屋敷に戻った俺は、応接室に2人を集めて成果を報告した。
「手付金で1千万ゼニル! 直行さん♪ いま持ってきているのですか?」
「ああ。これがそうだ」
「……♪」
目がゼニルになってゲス顔でよだれを垂らしているエルマ。
アタッシュケースに入った大量の金貨を見せた時、さしものお嬢様も言葉に詰まった。
一方レモリーが特に動じないのは、さすが敏腕メイドと言ったところか。
「さらに成功報酬はさらに5千万ゼニルだってさ。契約書も作った。失敗できないな、こりゃ」
契約書には俺といぶきのサインが書かれている。
ロンレア家の記述はない。
違約金等の記述はないが、万が一期限までに納品できなかった場合、手付金を返納することが明記されている。
輸送中に紛失、破損した場合の全責任は俺が負うことになっている。
「契約書は2枚書いてお互いに1枚ずつ持っている。何かあったときのために、どこかに保管しておいてくれ」
「はい。では私が帳簿とは別に、別の金庫で管理しておきましょう。カギはお嬢様に渡しておきます」
「すごいな、レモリーさん。予備の金庫も持ってるんだ?」
「いいえ、私のではありません。お屋敷に関する一切の財産管理をしているので。他のメイドたちの給与も管理していました。別の金庫はその頃の名残です」
「お父様もお母様も、保守派の貴族階級はお金には無頓着なのが美徳ですからね……」
その話を聞くたびに、古物商「銀時計」での首飾りが脳裏をよぎる。
今回の売り上げで、買い戻せるといいが。
「さて出発は一週間後の予定だ。まずは馬車を手配しよう。護衛も雇えと勧められた」
「護衛? レモリーは精霊魔法の使い手ですわよ。下手な用心棒よりよほど役に立ちますわ」
「はい、恐縮です。警護の方もお任せください」
「待て待て、レモリーが優秀なのは分かるが、何かにつけて働かせすぎじゃないか?」
「いえ、私は大丈夫です」
「直行さん、お優しいことですわね? お任せしますわ。あたくしは表立って動けませんから、お二人で仲良く事を進めてくださいませ」
エルマは下世話な表情で目を細めてニヤニヤしている。
「それはともかくとして! ただ、一つだけ引っかかる点がある」
「はい? と、言いますと」
「何ですか直行さん?」
「……レモリーはロンレア家のメイドを長くやってるんだろ。近所に顔が知られてるし、俺たち3人がつるんでいるのは、世間的にけっこうバレバレじゃないのか」
「そうですけど、特に問題はないのではなくて?」
確かに、三人がそろうのは異界風でのミーティングくらいだし。
世間は自身が思っているほど、自分たちに対して関心なんて持っていないものだ。
でも、見られていないようでいて、見られているのもまた事実。
考えすぎかな。
「一応、念のため警戒しておこう。レモリーは私服で行動してくれ」
「レモリー。うんと色っぽい格好で直行さんを悩殺なさったらいかが?」
「い、いいえ……」
レモリーは恥ずかしがってうつむいてしまった。
「ところで、直行さん」
下世話な表情だったエルマは一転して真面目な顔で俺を見る。
そして両手に持ったアタッシュケースを俺に差し出した。
「この手付金はあなたに渡しておきます。借金は成功報酬で返済しますので、このお金は好きに使ってくださいね♪」
「待て待て、馬車や護衛の経費はもらうつもりだが、いくらなんでもこの額は受け取れない!」
俺は思わず、うろたえてしまった。
エルマは少しだけ笑った。
しかし差し出したケースと俺を見据えた瞳をそらすことはなかった。
「あなたのおかげですからね♪」
「何がだよ」
いつもは人を小ばかにしたようなエルマが、神妙な顔で俺を見ていた。
「……詐欺まがいではありますが、マナポーションを化粧水として売ることも、実演販売で販路を広げることも、直行さんのアイデアと実行力があればこそです。あたくしはあなたの功績に報いなければなりません。有無を言わさずあなたを召喚している以上、なおのことです」
「まだ取引が成立してるわけじゃないし、気が早いぞ」
「……そうでしたわね。勝ち切ったわけじゃありませんものね。ただ、このお金は直行さんが持っていてくださる? あたくし豪遊してしまいそうで不安ですわ」
「分かった。そういう事なら預かっておく」
エルマからアタッシュケースを受け取った際に、彼女の小さな手が震えているのに気づいた。
いきなりの大金は怖いのだろう。
俺だって怖いけどな。
「俺の分の報酬は、帰る手段に使わせてもらう。何にせよすべては借金を完済してからだ。約束した以上、それは果たすつもりだ」
「よろしくお願いしますわ、直行さん♪」
「はい。物事は段取りが大切と言います。気を引き締めて取り掛かりましょう」
こうして俺たちは少しずつ準備を整えることにした。




