316話・シェルターを造ろう
「知里さーん。お土産に乾燥タピオカ、忘れないで下さいねーー!!」
旧王都へ出発した真っ黒いワーゲンバスを模した車※知里改定。を追いかけて、エルマは叫んだ。
「人質を無事、解放してくれるといいのですが……」
ギッドは腕を組んだまま、遠ざかる車を睨むようにしていた。
「ギッくん。大丈夫よ、2人を信じてあげて。わたしたち仲間じゃないの」
「仲間? いいえ、私は従業員です」
「もう仲間でイイじゃない! どんな困難だって、わたしたちは乗り越えてきたのよ!」
小夜子は朗らかに笑う。
そのたびに大きな胸が揺れた。
ギッドは目のやり場に困ったように、視線を泳がせる。
「……鬼神のごとき、貴女が言うのですから、信じましょう」
しぶしぶといった感じで、ギッドは肩をすくめた。
俺は、そんな彼に声をかけた。
「それはそうとギッドよ、領内の地下にシェルターという安全な避難所を造る。万が一、ここが戦場になったときに領民を守る必要があるからな」
「……やはり戦うんじゃないですか?」
「平身低頭、謝るよ? でも相手が話の分かる奴とは限らない。不遜な言い方だが、ご乱心されて領内を荒らし、民を皆殺しにする可能性もある」
「なるほど、国王陛下に対して不敬きわまりない仮定ですね」
「不敬だろうが、領民の安全は絶対に守らないといけない」
「…………」
ギッドの目が鋭く光った。
「ギッド、お前には万が一の場合の避難経路の確保と、領民がすみやかにシェルターへ逃げ込めるように、避難訓練を頼みたい」
「……避難……訓練とは?」
「敵が来たときに、女性や子供、高齢者を優先して安全な場所まで誘導する訓練だ」
「逃げるための、訓練をしろ……と?」
ギッドは少し考えていたが、納得してくれたようだ。
「もちろん、ギッドたちも守るべき領民だ」
「……理解しました。ただ、ひとつだけ疑問があります」
「仮に敵の侵略から身を守れるとはいえ、いつまでも耐えられるわけでもないでしょう。どの道、死ぬのではありませんか?」
「ネガティブな奴だなー。無防備で殺されるのと、少しでも助かる可能性があるのとではどっちがいい?」
「……援軍が来るアテなんてないのでしょう。でも、自決の時間くらいは稼げますね」
本当に悲観的な奴だ。
「最低でも3日は耐えてくれ」
ギッドは頷いた。
……。
万が一の時に備えて、ヒナちゃんには話を通しておこう。
見捨てられるかもしれないが、下話をしておかなければ、援軍の可能性はゼロだ。
足も治ったことだし、近いうちに俺が勇者自治区に赴いてヒナちゃんと会談しなければならない。
もっとも、車がないのでミウラサキたちの帰還待ちだが……。
◇ ◆ ◇
翌朝から、シェルターの建設が始まった。
重機や建材などは、勇者自治区から運ばれてくる。
建築魔道士などもやって来た。
建設は彼ら専門家にお任せだ。
足りない人手は、農業ギルドから手配する。
「さてさて、どうなります事やらなァ……」
クバラ翁は、懐かしそうにショベルカーを眺めていた。
「クバラ翁に、戦のご経験はおありですか?」
「若い頃に少々、徒党を組んでの喧嘩やら刃傷沙汰には巻き込まれたこともございますが、戦となると経験ありませんなあ」
その時だ。
湖の方から、スライシャーが血相を変えて飛んできた。
「大将! てぇへんだ! ちょっと湖の方まで来てくだせぇ!」
「お、スラ何だ、藪から棒に」
「行きゃ分かりやす。とんでもねェもんが来やがった」
まさか敵襲か──?
「スラ、小夜子さんにも来るように伝えてくれ」
「へい!」
俺は、湖の方に走っていった。
◇ ◆ ◇
中央湖に臨む美しい湖畔には、牡蠣によく似た貝の養殖場が広がっている。
見たところ、特に異常は見当たらない。
湖上に線路を敷く鉄道工事は、まだ完成には至っていないものの、ロンレア領の駅舎は完成している。
木造の大正レトロ風の洒落た外観は、澄んだ湖とよく似合っていた。
しかし、敵の姿はどこにもない。
「スラの奴、吹かしやがって。何もないじゃねぇか」
念のために物陰に隠れながら、周囲を伺う。
遠くに漁師の船や、養殖を行う人影も見えるが、特に問題なく作業している。
ちょうどそこに、スライシャーが小夜子を連れてやって来た。
小夜子がこぐママチャリに2人乗りしていたスラは、さっそうと飛び降りた。
「大将、小夜子姐さん、連れて来やしたぜ」
小夜子は相変わらずのビキニ姿で日本刀を背負い、ポリスキャップを被っている。
田んぼで農作業を手伝ったのか、足や腕は泥だらけで、〝泥レス〟を軽くこなしたような格好だった。
「直行くん、敵襲なの?」
小夜子は背中の日本刀〝濡れ烏〟に手をかけながら言った。
俺は首を振り、スライシャーを見る。
「分からない。スラよ、どこに〝とんでもないもの〟があるんだ?」
「へい。こっちでさあ」
スライシャーは、俺たちを連れて湖のほとりにある桟橋まで案内する。
「ここであっしが立小便していたら、眼下にとんでもなくデカい魚影が! ありゃあきっと、湖の主か何かですぜ」
「まだいるわ。大きい……」
小夜子が水面を指さす。
湖の中に、5メートルほどの黒いものが沈んでいる。
なるほど魚影だといわれたら、そのようにも見える。
しかし、これは小型の潜水艦だ。
「小夜子さん、これ潜水艦だよ。気をつけて確認しよう!」
「分かった!」
「なんすかそれ?」
小夜子が刀を抜いて慎重に近づくと、桟橋が大きく揺れた。
潜水艦が浮上する。
こちらに気づいていたようだ。
小夜子は俺とスライシャーをかばうように先頭に立つと、刀を正眼に構えた。
ぐんぐんと浮上してくる潜水艦。
そのたびに桟橋が揺れ、俺たちも水を被った。
浮上した潜水艦のハッチが開き、キャプテンハットを被ったマリンルックの女性が颯爽と現れた。
賢者ヒナ・メルトエヴァレンス。
勇者パーティのナンバー2で、自治区の実質的な支配者だ。
「まさかヒナちゃんさんがお越しとは……!」
「どうも直行君」
ヒナちゃんは俺への挨拶もそこそこに、小夜子に目を留めた。
次回予告
「ついにあたくしの苦手なヒナさんのご登場ですわ。しかも海軍将校が被ってるようなキャプテンハット。カ~ッコイイですわね♪」
「しーっ。エルマ声が大きい」
「知里さんも小夜子さんも、みんな帽子被ってるんですね。流行ってるんですか? 面と向かうと、つい頭を見てしまいますわ。あたくしも被りたいですわ~♪」
「……どんな帽子が被りたいんだ?」
「宝石をちりばめた王冠がいいですわね♪」
「帽子じゃないだろ!」
「次回・『316話・ロンレア帝国の爆誕・戴冠式のエルマ』お楽しみに♪」
「ウソの予告をするな! ヒナちゃんさん来てるのに話がつながらないだろ!」
「……次回の更新は7月23日ですわ♪」




