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312話・内通者

挿絵(By みてみん)


 ディンドラッド商会に、内通者がいた。


「私だって洪水で殺されかけたじゃないですか! そんな人が内通しますか! だって、ありえなくないじゃないですか?!」


 事務方の女性は、必死に否定していた。

 気の毒なほど狼狽して、もはや何を言っているのかよく分からない。

 その様子からは、少なくともプロの密偵とは思えない。


「そういえば、あなたは落成式にいなかったですよね?」


 俺は、落ち着いた声で質問した。


「……そんなことないですよ、いましたよ! いましたもん絶対!」


 彼女は真っ赤な顔で否定した。

 普段はもっと冷静に仕事をしていた気がするけれど、逆境に弱いタイプかも知れない。


「私には役場での対応業務があると言ってましたが?」

「……そ、そんなこと言ってませんーー!!」


 ギッドが冷静にダメ押しをすると、駄々っ子のような口ぶりで反論した。


「……あたしが心を読むまでもなかったみたいだけど。全部ダウトね」

「だから私じゃないって言ってるじゃないですか!」


 女性事務員は知里には見向きもせずに、俺とギッドに食ってかかった。

 が、ギッドが氷のような目で睨みつけると、ガックリと膝を落とした。


「直行どの。この件は私の落ち度です。私ともども、いかようにも処分してください」

「違うんですーー! 何かの誤解ですー!」


 内通者の女は、これ見よがしに泣き出した。

 商会の同僚たちは、どうしたらいいか分からないといった感じで顔を見合わせている。

 

「内通者のお姉さんも、家族を殺すと脅されたからやったみたいね」

「……そうなんです! 情報を流さないと両親が殺されるかもしれないとフィンフ様が」

「堤防決壊後のロンレア領で起こった事を、逐一報告しろと」


 ディンドラッドは敵対確定か……。

 ……だが、少し引っかかる。

 勇者自治区と野菜の取り引きをしようとしていること、輸送用の段ボール工場建設。商売敵の御曹司と仲良し。

 これらの件は、すでにギッドからも情報が上がっているはずだ。

 俺もフィンフに落成式の招待状を送ったくらいだし……。


「しかし妙な話だぞ。内通者なら引き続きギッドが適任だと思うが……」

「どうでしょうね。仮に堤防決壊の話が私に前もって知らされていたとしたら、直行どの達はともかく、領民は避難させていたかもしれません」

「お兄さんは本格的に見捨てられたみたいにゃ」


 ギッドは考え込んでいた。

 知里の話によれば、彼はああ見えて、熱いハートの持ち主で正義感が強い。

 フィンフに従業員もろとも洪水にのまれる策を打ち明けられたら、きっと反対しただろう。

 だから切り捨てたのか。


 それにしたって、ひどい話だ。


「……で、商会には俺たちの何の情報を伝えた?」


 スキル結晶の件は、ギッドを含めて商会側には一切伝えていないはずだが。

 工場建設を担当した建築魔道士たちが、口を滑らせた可能性もある。


「直行が戦闘不能なこと、お小夜とカレムが信じられないほど強いってこと。あとキャメルって人がクロノ王国まで往復したこと。だってさ」


 内通者の心を読んだ知里は言った。

 

 ディンドラッド商会としては、嫌がらせから突然、ギッドら幹部級の従業員もろとも工場を狙い、堤防を決壊させる強硬策に打って出た。


 こんなことは余程のことがないとやらない。

 別ルートでスキル結晶の密貿易の件がバレた? とも考えられる。

 

 ……俺がそんなことを思うと、知里の目の色が変わった。

 彼女に詳細を伝えるべく、俺は心にこれまでの経緯を思い浮かべた。


 段ボール工場建設はダミーで、地下室にスキル結晶の量産施設を造った。

 責任者は錬金術師アンナ・ハイム。

 最初に生産するのは『理性+3』。

 目的は勇者自治区の兵士たちのメンタルケア。

 ヒナやトシヒコのような超人に頼らない国防のための第一歩だ。

 

 ……俺の心を読んでいる知里には、伝わるだろう。

 

「なるほどねえ。直行、アンタも()()相手によくやるわ」


 知里の言う〝彼女〟とは賢者ヒナ・メルトエヴァレンスだ。

 ロンレア領と勇者自治区のこのローカルな取り引きが、世界の均衡を守るのか揺るがすのかは分からない。


「分かった。この件はあたしに任せて」

「任せるって、何を?」

「ディンドラッド本部に乗り込んで、背後に誰がいるかを調べて、話をつけてくる」


 知里の大胆な提案に、その場にいた全員が驚いた。


「無茶はやめてください。我々の家族は旧王都にいるんです」

「内通者のお姉さんに変装して行く。魚ちゃん、表皮仮面(スキンマスク)を貸して頂戴」


 知里は魚面に声をかける。


「知里サン。ワタシこれ素の顔。表皮仮面は……誰ニ渡したンだっケ?」

「確かミウラサキ君だったな。あれ、返してもらったっけなあ」


 知里は、驚いた様子で魚面の方をじっと見ていた。


「魚ちゃん、その顔……?」

「アンナ女史とエルマ嬢につくってもらっタ」

「〝もうのっぺらぼうじゃない〟って本当の意味で……」


 魚面の顔の筋肉や皮膚は、俺と彼女が高度な呪殺系魔法により体が膨張した際の余剰の肉を原料にして、エルマが健康な人のパーツを『複製』したものだ。

 そのパーツを、アンナの錬金術(どんなものかは分からない)によって本人の体の組成に組み替える。

 そうしてつくった肉体を、回復術師ネンちゃんによって定着させる。


 知里は俺をじっと見ながら、思いつめた表情で頷いていた。


「どうかしたか? ネコチ」

「……あとで話すよ」


 知里はカッコいい山高帽をポンポンと叩いた。

 そして今度は視線を内通者の女性に向ける。


「……いま用があるのはこちらのお姉さん。名前、家族構成、経歴その他が知りたいにゃ。ちょっとこのお姉さん借りるにゃ」


 知里は不気味な笑みを浮かべ、有無を言わさず内通者を隣の部屋へ連れて行ってしまった。



次回予告


「なあエルマ。知里さんのカッコいい山高帽、いったい何の効果があるんだろうな。古代遺跡のダンジョンでゲットしたんだろ?」

「宝箱から出てきたんですかね♪ 見た感じマジックアイテムみたいですけど♪」

「あの新型のキャットマスクと相まって、チンドン屋感というか見世物小屋感が増したよな」

「ええ。あたくしも帽子の中から万国旗だの白鳩だのが出てくるのを、今か今かと待っているのですけれど♪」

「やっぱりマジックアイテムってそっちか」

「さて、知里さんの帽子からは何が出てくるのでしょうか。待て、次号。7月15日ごろを予定しています♪」

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