310話 復活の直行(と魚面)
「おお、久しぶりの足の感触!」
「おじさん、まだあまり歩かない方がいいですよ」
半日ほど治療を続けて、どうにか俺の体は元通りになった。
しかし、体組織を錬成したものを回復魔法で無理やりくっつけているため、拒絶反応が心配だ。
「魚のお姉さんは、足を錬成してから治療するので、もう少し待ってくださいね」
ネンちゃんは魚面の半身をさすりながら言った。
魚面の状態は、ようやく上半身が元通りになり、残る部分に本格的な再生術を試みているところだ。
変わり果てた足を、錬金術師アンナとエルマの複製能力で人体錬成し、ネンちゃんの回復術と合わせる。
現在、治療室に残っているのは、俺と魚面とネンちゃん、そしてアンナと知里の5人だ。
エルマはさらに地下室で有刺鉄線の召喚。
それを、農業ギルドの連中と組んで領内の開けた場所に設置する予定だ。
レモリーは引き続き通信網の構築。
領内の高台に精霊石を入れたアンテナを配置し、無線機での通信ができるようにする。
地味な作業だが、情報の伝達は最強の武器にも防具にもなり得るため重要な行程だ。
小夜子は再び自転車で領内の見回りに行った。
警官の帽子がお気に入りなのか、まだ被っている。
ビキニ鎧と日本刀とポリスキャップ。
見た目は完全に不審者だが、領内の評判はとてもいい。
ドラゴンゾンビを一刀のもとに斬り伏せた英雄。
親切で面倒見もよく、道すがら野菜の収穫まで手伝ってくれる。
古き良き時代の「お巡りさん」的なイメージだ。
ミウラサキは、車で勇者自治区へと帰った。
ヒナちゃんへの報告と今後の対策を書いた手紙を託している。
周辺地域からの備蓄食料の買い上げ、シェルターの設置、万が一俺たちが敗れた場合の対応──。
勇者自治区を表立って頼るわけにはいかないが、秘密裏に協力し、情報は共有しておくべきだ。
キャメルは親善大使として、再びクロノ王国に派遣する。
俺からの「平身低頭、超弱腰外交文書」を携えて、ゆっくりと新王都を目指す。
紙にアンナ特製の薬品が塗られていて、空気に触れると10日ほどで溶けてしまう。
◇ ◆ ◇
表、裏を含めたひととおりの工作を済ませてから、俺はギッドたちを呼んだ。
錬金術師アンナと秘密兵器の知里は、カーテンの裏に潜ませておく。
「まさか、あの状態からここまで回復するとは……」
「思ったよりも、回復が早いですね。直行どの」
ディンドラッド商会からの出向組は、素直に回復を喜んでくれた。
「……命の心配はなさそうで何よりです」
ギッドは俺と魚面を見るなり驚いていたが、すぐにいつもの冷静な顔に戻った。
「残念ながら、そうでもない状況だ。ロンレアの領地は没収だと。クロノ王国のガルガ陛下よりお達しだ」
単刀直入に、俺は告げた。
「……な」
普段は冷静なギッドも、さすがに言葉を失っていた。
ディンドラッド商会からの出向組も、動揺している。
この件に関して、何も知らなかったようだ。
「商会に領地経営を丸投げしたのが問題視されたのか、異界人による統治が面白くなかったのかは知らん。書状には〝ガルガの親政〟による直轄統治とだけある」
「国王陛下の〝親政〟は形ばかりのものと伺っていましたが……」
ギッドは釈然としない様子で腕を組んでいる。
「この一件に関して、ディンドラッド側がどのような態度をとるか……。まだ連絡はつかないのか?」
「堰が切られた直後にフィンフ様に手紙を出していますが、まだ返事がありません」
ギッドは眉間にしわを寄せている。
ディンドラッド商会が、どこまでこの件に関与しているかは、いまだ証拠がつかめない。
彼ら出向組も、疑心暗鬼の状態だった。
「商会本部へ直接人員を派遣する案も出ましたが、口封じに始末されたら元も子もないので……」
「商会から何の連絡もない中、うかつに人は送れないよな」
クロノ王国とのつながりも分からない。
ディンドラッドとすれば、これまでロンレア家の領地経営を代行して、収穫量をごまかして利益を得ていた。
それが今回、国王の直轄地になる。
ディンドラッドがクロノ王国とつながっているならば、ギッドたちを見捨てる理由はない。
得意先がロンレア伯爵家からクロノ王国になるだけだ。
仮にそうなら、商会はギッドたちにすぐに旧王都に帰還命令を出していたはずだ。
「本部が敵なのか味方なのか、分からない状態ってのは不安だよな……」
「それは、あなた方にも言えますよ?」
「……俺は、みんなの命を保証する。これは確かなことだ」
「クロノ王国に皆殺しにされるかもしれないのに、命の保証もないでしょう」
ギッドは腕を組んだまま、深いため息をついた。
「どうせクロノ王国と戦うつもりでしょう?」
「いいや、詫びを入れて領地を明け渡すつもりだよ」
俺の答えに、一瞬ギッドは拍子抜けした顔をした。
「……まさか、あなたが戦わないはずがない。あなたの目は、領地を明け渡すような男の目ではない」
「どこまで俺を買いかぶるんだ、ギッドよ。みんなの安全が第一だぞ」
「どうだか」
「とにかく、ここにいる限り皆の安全だけは保障するけど、不安だったら避難してくれても構わない」
俺としては、まずはこの戦に勝たなければ話にならない。
ギッドには悪いが、腰抜けのフリを続けさせてもらうとしよう。
次回予告
「直行さん。やっぱりケンタウロスにしませんか?」
「まだ言うかお前……」
「人馬一体。レモリーを乗せたら精霊使い騎士ですわ♪」
「騎士はレモリーだろ。俺は馬じゃないか」
「馬力があっていいじゃないですか♪」
「馬ネタはもういいよ。次回の更新はいつだっけ?」
「7月11日ですわ♪ 最近更新が一日おきになってますわね。作者もへばってきてるのでしょうか」




