309話・ロンレア領防衛計画
「まずはエルマ、この世界の戦事情、特に兵站に関してはどうだ?」
「兵站って何ですの?」
「補給のことだよ。食糧から武器弾薬まで、後方支援全般のことだ」
「13歳の女児に、そんなこと聞かないで下さいよ♪ 馬に乗せて持っていくんじゃありませんの?」
エルマはいい加減に答えた。
「でも略奪というか、現地調達という手段もありますわね♪」
漫画で読んだ知識だが、戦争でもっとも大切なのは補給だ。
〝戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語る〟という名言もある。
「魔王討伐軍では、輜重や兵站は、元傭兵のグレン座長が担当していたわ」
「銀の海を越えた、水も食べ物も超なにもない魔王領で戦うための物資の輸送とかは徹底してたよね」
小夜子とミウラサキは、さすがに軍の中枢にいただけのことはある。
すぐに話が伝わった。
「その元傭兵のグレンって方は転生者?」
「ううん。わたしとヒナちゃんの面倒を見てくれた旅芸人だけど、ヒップホップダンスやエアロビクスに腰を抜かしてたから現地の人よ!」
小夜子の言い方だと、まず間違いなさそうだ。
「と、いうことは少なくともこの世界の傭兵団は、兵站の重要性を知ってるわけだ」
当然、正規の騎士団もそうだろう。
「クロノ王国は正規軍4000で攻めてくると言っていたが、最終的にどの程度兵力を動員できるか、見当もつかないな。誰か分かる人?」
「はい!」
小夜子が腋を全開にして手を挙げた。
「八十島小夜子くん」
俺は教師のような言い方で彼女を指した。
「先生! 魔王討伐後の式典では、公称1万5千の正規軍って言ってました」
それにしても、小夜子はやっぱり露出に対していつも前向きだ。
優等生的な言動とは裏腹に、よく分からない人だ。
「1万5千の正規軍」
「公称だから、それより少ないでしょうよ♪ 4000といいますが、実際の兵数は2000人程度でしょうか♪ 知里さんなら楽勝ですわ♪」
エルマの奴……。
「まあね。何人で来ようが、あたしがぶっ潰す」
しかし知里も知里で、血の気が多いな、本当に。
「数千人規模の兵隊が来るのは間違いないか」
「はい。まず間違いなく来るでしょう」
「……念のため街道沿いの村に貯蔵してある穀物を、市価より高い値段で買い取っておこう。このお金は勇者自治区に負担してもらう」
「いいえ。直行さま。この戦には、勇者自治区を巻き込まないのではなかったのですか?」
「兵力を出してもらわない代わりに、秘密裏にカネは出してもらう」
「どういうこと? 若旦那」
キャメルが眉をひそめた。
「完全に無関係だと、ヒナちゃんさんだって俺たちが〝クロノ王国に寝返るかも〟って思うかもしれない。だから一枚噛ませておくんだ」
「でも、直行くん。ああ見えてヒナちゃん、根は素直なお人好しでおセンチガールだから、そういう心配はないと思うけど」
お人好しかどうかはともかく、小夜子がここにいる時点で、彼女が俺たちを疑うことはないだろう。
頼るわけにもいかないが、彼女がこちらを見捨てるということは、絶対にない。
では何で勇者自治区から借金をするのか?
単純にロンレア領に使える金がないだけだ。
戦支度にいくらかかるか分からない上に、スキル結晶密貿易でもまだ収益が上がっていない。
「そもそも、どうして街道沿いの備蓄食料を買う必要があるんですか? ロンレア領でもありませんし、捨て置いてもいいんじゃありませんこと?」
エルマの主張はもっともだ。
「数千人規模の移動だ。敵が食糧を自前で用意してるならいいが、現地調達するかもしれない。穀物を買い占めておけば相手の補給を減らすことができる」
「なるほど♪」
「敵がどうやって現地調達するつもりかは知らないが、近隣住民から国王の名のもとに巻き上げるか、略奪だろう。それを未然に防ぎたいってのもある」
「食料がなくったって、やる時はやるんじゃありませんの?」
「仮にも、国土の統治者が滅多やたらと略奪なんてしないだろう。モノがないなら取らないさ」
もっとも、戦のために穀物を買い上げたことが知られたらまずいので、何か別の、それらしい理由を考えないとな。
「次に、ロンレアの住民用に避難用シェルターを造る話だけど、これはミウラサキ君に一任しよう」
「了解! インフラ事業に見せかけて、その道のプロを派遣するよ」
「助かる。で、エルマにやってほしいのが、鉄条網の配置だ」
俺はエルマの方を向いて言った。
「有刺鉄線を召喚するのですか?」
「ちと景観を損なうけど、平地に鉄条網を張って騎兵対策をしとこう。家畜の猛獣被害が相次いでるみたいな立て看板も置いておこう」
これも、漫画で呼んだ知識だが、鉄条網のコストパフォーマンスはずば抜けているそうだ。
戦車が登場している現代でさえ、紛争地帯なんかではよく使われている。
「とにかく、敵が領内で暴れまわらないような状態をつくっておこう」
「はい。私は精霊石による通信設備を完成させておきます。情報の共有は必須ですから」
レモリーは頼りになる。
彼女には副官と、情報連絡役を兼ねてもらおう。
「ワタシはどうすればいい? 今のままではお役に立てそうもナイ」
魚面が不安そうに尋ねてくる。
「いまは俺と同様、治療に専念しよう」
「もうのっぺらぼうじゃないお姉さんとおじさんは、ネンが治します!」
「シカシ、動けるようになったところで、役には立てナイよ。ワタシの力では、鵺の猿に手も足も出ない……」
魚面は沈み込んでいた。
「そうでもないよ。あたしとカレムとお小夜がいる」
「ドウいうコト?」
「あたしたちが力を貸すから、魚ちゃんは、特級のヤバい魔物と契約し放題っていうことよ。足が治ったら召喚魔物をバージョンアップさせよう」
「……知里サン」
こうして、俺はリモートで戦支度を整えていった。
その一方で、足の治療も進めないといけない。
ネンちゃんには苦労をかけるが、少しずつ治していこう。
次回予告
グレン・メルトエヴァレンスだ。あの世から失礼するぜ。
まったくあの若造どもがいっちょ前に戦術や兵站を語りやがって。
グレン式剣術に格闘術だと?
確かにおれは闘気の込め方は教えたが、あんな化け物じみた技までは教えた覚えがねえ。
ヒナの奴も勝手に〝メルトエヴァレンス〟を名乗ってるという。
それに何だ、ヒナと小夜子のヒップホップダンスやエアロビクスに腰を抜かしてた?
冗談じゃねえ。目のやり場に困っただけだ。
どいつもこいつも勝手を言いやがる……。
さて次回の更新は7月9日くらいの予定だぜ。




