302話・新しい日の光の下で
「なァ……阿修羅はダメか?」
「くどいぞアンナ。問題外だ」
「腕6本で1ターンに3回攻撃……」
「そんなわけあるか」
アンナとエルマの提案を却下して、魚面の再生手術を行う。
手順はまず、膨張した肉塊を元に、エルマが体組織を『複製』する。
それをアンナの人体錬成で微調整しながら、ネンちゃんの回復術で魚面の体に定着させる。
「うウっ……あアァァ……!!」
「我慢しろッ! 顔の筋肉を補強するッ! 唇をつくれば、美味いものが食えるぞッ!」
「お魚先生! 苦しいですが耐えてください♪」
衝立の向こうからは魚面の悲鳴のようなうめき声と、彼女を励ます声が聞こえた。
考えてみたら麻酔なしの外科手術だ。
「そうだエルマ、麻酔代わりに前に召喚した秘薬とか催眠薬を使ったらどうだ?」
「直行さん、回復魔法とステータス異常解除の重ね掛けをしてるんですから、その都度戻ってしまいますわよ。それをするには、もう1人回復役がいないと……」
「いるだろ、2人!」
俺はロンレア領に駐在する司祭と、以下同文の助手を思い出した。
彼らの協力を得れば……。
「ダメだッ! 人体錬成を聖龍教会に知られるわけにはいかないッ!」
「お、おう……」
確かに……。
人体錬成が彼らにバレたらアンナの資格取り消しもあり得る……。
「ャ……ァァ……アアア!!」
魚面は悲鳴を押し殺していた。
衝立の向こうでは、どれほど凄惨な光景が展開されているのだろう。
人体錬成……罪深き禁忌の所業だ。
「ヤメロ……そノ人は……ワタシじゃない……違ウ! ……顔ヲ奪わないデ!」
魚面はとぎれとぎれに呻いている。
まるで悪夢にうなされているかのようだ……。
まさか、エルマの奴……。
付け替える顔を間違えたのか……?
「おい! 何がどうなってる」
俺は衝立を退けて、向こう側を見た。
「魚……」
「……アナタは誰? ソの傷は……ワタシは、アナタの顔を知ってる……アナタに似ているのは……ワタシ?」
上半身裸の魚面が、顔を抑えて暴れている。
俺たちの半身は肉塊となって融合しているので、その衝撃は俺にも伝わる。
「お父サン……お母サン……ワタシ……ワタシ……似た人を……」
彼女は苦しそうに眉間にしわを寄せて、俺には知る由もないことを口走っていた。
魚面の白い肌は、うっすらと汗ばんでいた。
その肩に鎮静剤を打ち込み、押さえつけるアンナ。
「……!!」
魚面の上半身が戻っている!
顔も、俺たちがよく知っている表皮仮面でつくられた顔だが、それは仮面ではない。
生身の顔だった。
「…………」
鎮静剤が効いたのか、彼女はぐったりした様子で倒れ込んでいる。
「何だったんだ……今の魚面……」
「さすが直行さん。あの一瞬であたくしがお魚先生のお胸をマシマシにしたのを看破するとは。さすが法王庁お墨付きのど助平ですわ♪」
「おじさん、やっぱりいやらしい人なんだ」
ネンちゃんは、まるで汚物を見るかのような目で俺を見た。
そんな少女の目隠しをして、「見ちゃダメです♪」と笑うエルマ。
「……そうじゃなくて。さっきの言葉……」
「……魚面の前世の記憶か、顔を奪われる際の記憶だろうッ」
俺の問いかけに、アンナが真面目に答えてくれた。
「激しい痛みが引き金になって、過去の記憶が鮮烈に蘇る。異界人の概念だな。知里はフラッシュバックと言っていたがッ……」
アンナは俺の肩に手を置き、満ち足りた顔でほほ笑んだ。
「そんなことよりも、直行ッ。人体錬成は成功したぞッ」
「そうだった……」
「ケンタウロスのケンちゃん、阿修羅のあっちゃんも見たかったですけどね♪」
「……却下だ」
何だか色々なことが起こりすぎて頭がパニックになってしまっていた。
だが、状況はどうにか持ち直しつつある。
俺と魚面は、命を取り留め、少しずつ回復している。
まずはこの状況を喜ぼう。
その時だった。
「申し上げます! ミウラサキ様、キャメル殿がお戻りになられました」
憔悴しきった顔で、部屋に入るキャメル。
ミウラサキは、険しい顔で唇をかみしめている。
「若旦那。悪いニュースと最悪なニュースがあるワ。心の準備をして。どちらのバッドニュースから聞く?」
キャメルが口を開いた。
「そんなに最悪なニュースなのか……?」
おそるおそる、俺は尋ねた。
「どうせ交渉決裂。戦争望むところですわ♪」
「お嬢様の言う通り。ただちに領地を明け渡さなければ、クロノ王国正規軍4000が進軍を開始するそうヨ」
「それが、最悪なニュースか……」
「いいえ。ただの悪いニュース。若旦那にとって最悪のニュースは、お友達の女冒険者が『時空の宮殿』を攻略中に死亡したという方ネ……」
俺は目の前が真っ暗になるのを感じていた。
次回の更新は6月23日です。




