301話・楽しい人体錬成
「のっぺらぼうの顔にッ、皮膚の組織を錬成してくっつけるぞッ」
「あたくしがスキル『複製』でパーツを作りますわ♪」
「ハーフエルフの少女ネンッ! 魚面と顔パーツを同一個体だと認識して回復術だッ」
錬金術師アンナは見るからに嬉しそうだ。
何しろ念願の人体錬成への第一歩である。
「ギザ歯のおばさん、むずかしいこと言わないでください……」
ネンちゃんはアンナの言葉がよく分からなかったのか、首を傾げている。
怯えながらも、発言は常に直球だ。
「ネンさん♪ これは、剥がれてしまったお魚先生の顔なんです♪ 治してあげてくださいね♪」
エルマは魚面に顔パーツをくっつけている。
面白がっているようにしか見えないが、絵面的にはレザーフェイス。
軽くホラーだ。
しかも、その顔は表皮仮面が造り出した変装用の顔である。
どこにでもいるような美人だが、表情は変化に乏しく、人形のようにも見える。
「魚面、本来だったら13歳の時に奪われたというお前の素顔を復元してやりたいものだが……」
俺は黙って治療を受けている魚面に話しかけた。
「イインダ。ソノ顔でイイ……」
魚面は肩から上の部分だけが人間の姿で、他の部分は肉塊になってしまっている。
にもかかわらず、意識が戻ってからも一切の泣き言は口にしていない。
俺は何回か悲鳴を上げたが、魚面は気丈だ。
「……ワタシは、直行サンたちと行動を共にしてからの顔と記憶が、本当のワタシでイイ。たとえ表皮仮面で作られた偽物だとしても。ソウしたいんだ……」
窓の外に差す光を見て、魚面は笑った。
彼女は顔を奪われているため、顔の表情に変化は少ない。
しかし、3カ月も一緒にいれば、分かるようになる。
魚面は、穏やかに笑っている。
俺も、何だか久しぶりに嬉しい気分だった。
もっとも、そんな感傷に浸る余地はない。
「問題は胴体だがッ、エルマ嬢。内臓は『複製』できるかッ?」
「呪いによって筋肉組織は膨張していますけれど、幸い内臓の損傷は軽度ですわ♪」
「治さないと死んじゃうところから、ネン治しておきました」
「ほうッ……ここに心臓があるッ」
アンナは変わり果てた魚面の部分をなでながら頷いている。
「あとは体のパーツごとに『複製』して移植しましょう♪」
「魚ちゃん、意外と胸囲があったんだよなッ」
「直行さん、せっかくだから小夜子さんの爆乳を『複製』しますか?」
アンナとエルマはノリノリで各部パーツを複製したり、それらの部位を錬成したりと慌ただしい。
それにしても……。
「お前ら、絶対面白がってるだろ? 医療行為や命に対する厳粛な気持ちみたいなものはないのか?」
魚面の気丈さ、穏やかさと比べて、こいつらの悪ノリは何だ。
人体を何だと思っているんだ。
「何を言ってるんだッ! あるに決まってるッ!」
「もちろんですわ♪」
……。
俺は、こいつらの返事が言葉だけのものであることはよく知っている。
「あ、アンナ女史、ここにハート型の淫紋描いておきましょうよ♪」
「それが何かの役に立つのかッ? 却下だッ」
「直行さん、きっと喜びますわよ~。どうせお魚先生を2人目の愛人にするでしょうし♪」
「あんなスケベのことより、お魚ちゃん、腕4本にしたら1ターンに2回攻撃できて、知里より強くなるんじゃないかッ?」
「いいですわね~♪ 腕4本の召喚師♪ 6本あったら阿修羅ですわ~♪」
俺はあきれ果てて怒る気にもなれない。
「あいつらには、ちゃんと元の魚面になるように治療してもらうから」
「デモね直行サン。イインダ。命がけでワタシを助けてくれてアリガトウ」
「さすがに阿修羅はよくねえだろ……日の光の下を歩けないぞ」
「ソウだな」
俺としてはカオスな状況に混乱するばかりだが、魚面は嬉しそうだった。
「あの人たちモ、嫌な顔ひとつしないデ治そうとしてくれル。ワタシ人殺し、なノにね」
そうは言っても、この世界は殺人のハードルがものすごく低い。
アンナも人体実験しているというし。
具体的な内容は怖くて聞けないが……。
エルマに関しては、日本からの転生者だが……。
頭のネジが外れすぎていて、何とも言えない。
「ギザ歯のおばさんと闘犬のお姉さん、のっぺらぼうのお姉さんの顔を治療しますって」
ネンちゃんがそう言うと、アンナが俺の目の前に衝立を置いた。
「いよいよ人体錬成本番だッ! 直行のスケベ面があると気が散るから隠しておくぞッ」
「お魚先生、いきますわよ~♪」
衝立の向こうでは、魚面の本格的な治療が始まった。




