299話・鵺の猿
「ドウシテ、ワタシ、生きていル……?」
ネンちゃんの回復術の甲斐もあって、魚面に意識が戻った。
とはいえ彼女の体の大部分は膨張した肉塊へと変わっている。
「気がついたか! 魚面、生きていてよかった」
辛うじて、顔から肩までが元の姿に戻っている。
元の姿……といっても、彼女は顔を奪われたのっぺらぼうだ。
現在、エルマと錬金術師アンナが余剰パーツを使って顔面の再生実験中だ。
試作品(?)が首実検のように並べられていた。
「あらお魚先生、お目覚めですか? さっそくで悪いですけど、この中でお気に入りの顔がありましたら取り付けますわよ♪」
エルマはニヤリと笑い、目の前にズラーっと首を並べた。
しかし魚面は、そんな彼女の提案など一顧だにせず、言葉を続けた。
「……“鵺”の“猿”。ワタシを襲った暗殺者ダ……」
魚面は深呼吸して、嫌なものを吐き出すようにその名を口にした。
「ああ。その名前を聞いた瞬間、お前は膨張していって破裂するところだった」
「……ソレは“制約”の呪いダ。ワタシがその名を口にしたら、すぐに呪いが発動する術式を体内に埋め込まれてイタ……」
魚面は、俺を見て哀しそうに笑った。
「直行サン。まさか『逆流』で、呪いを自分に流したのカ……?」
「ああ。あのままでは魚面が破裂するので、俺が『逆流』で、呪いの効力を無効化しようと思ったんだが……」
……その結果、俺と魚面は融合してしまった。
「ワタシはまた直行サンに助けられてしまったノカ……」
「ていうか、ちょっと待て! “名を告げたら死ぬ呪い”にかかってるなら、黙っとけよ!」
俺は少し語気を強めて言った。
「“鵺”の“猿”といウ敵の名前さえ分かれば、直行サンならば調べられると思ったカラ」
「自分の命はどうでもいいのかよ!」
「ドウでもいい」
「魚面、命を粗末にするな」
俺は、まっすぐ魚面の顔を見た。
のっぺらぼうの彼女の目が、申し訳なさそうにうつむいていた。
気まずいので、俺は話題を変えた。
「しかし分かんないのは……。“鵺”ってのは俺の元いた世界の妖怪なんだ。こっちにもそんな化け物がいるってのか?」
「モンスターとは違ウ。暗殺者集団ダ。知里サンに“シティアドベンチャー”の経験があれば、おそらく一度は耳にしているハズ……」
シティアドベンチャーとは、その名の通り都市を舞台にした冒険者の仕事だ。
誘拐や殺人などの犯罪捜査や、要人の護衛などを主に請け負う。
テーブルトークRPGの用語だが、冒険者が実在するこの世界には普通にある概念なのか……。
「でも知里さんいないし。俺じゃ分かんないよ」
とはいえ、この場に知里はいない。
俺の知らない砂漠の果ての『時空の宮殿』とやらに遠征中だ。
「アンナは暗殺者集団“鵺”について知ってるか?」
俺は錬金術師アンナに尋ねてみた。
「そんなものは知らんッ!」
「善良で品行方正なあたくしたちには、全く縁遠い存在ですからね。ただ、キャメルならば知っているかもしれませんわね♪ あの方、物騒な話題にも興味津々ですからね♪」
エルマとアンナは、互いに顔を見合わせて首を傾げている。
人体を〝合成〟しておいて品行方正はないと思うが……。
「“鵺”はワタシの古巣、暗殺者集団だ。国や盗賊ギルドとは一線を画し、要人暗殺を請け負ウ」
魚面は低い声で言った。
のっぺらぼうだけれども、強く眉間にしわを寄せ、険しい表情だった。
暗殺者集団“鵺”か……。
前にスライシャーが“魚面”について調べた時は、“野良”の暗殺者で、単独だと言っていたが……。
スラの調査では、そこまで調べられなかったということか……。
「“猿”はその頭目だ。ワタシの師に当たル。“鵺”は土地に縛られナイ。ある時は巡礼者に扮シ、またある時は仮面劇の旅芸人に扮すル」
旅芸人といえば、勇者パーティの前身も旅芸人一座だったようだ。
この世界で異能集団が街から街へ渡り歩いても、いちばん怪しまれない形態なのだろう。
「分かりましたわ♪ “猿”はきっとお猿さんの仮面をつけているのでしょう♪」
「ソうダ」
「それで手足が“虎”尻尾が“蛇”でしょう♪ 単純なお面集団ですわー♪ きっと劇も大して面白くなかったんでしょうねー♪」
「ワタシも虎も、その一員だっタ!」
「ぎゃぺっ……?」
魚面は肩までしか原形をとどめていないので、エルマを小突いたり、電撃魔法を浴びせることはできない。
口で言っただけだ。
しかし、普段から“愛の鞭”を打たれ続けているエルマは、条件反射で悲鳴を上げた。
いい師弟関係だ。
少し羨ましい。
しかし……。
だからこそ、言わないといけないかもしれない。
「魚面、何の迷いもなく、死を選ぶなよ。自己犠牲は最後の手段だ」
いつもお読み頂き、心より感謝申し上げます。
この『恥知らずと鬼畜令嬢』本編は、5月から外伝『時空の宮殿編』と交互に、一日おきに更新して参りました。
当初、外伝は全25話の予定でしたが、うっかり全30話となってしまいました。
本編が302話を迎えるまでに外伝を完結させねばならない都合上、今後少しの間、外伝を2日または3日連続でアップロードさせていただきます。
そのため、本編の更新が2、3日おきとなります。
外伝が完結しましたら元通り、本編は毎日更新に戻ります。
ぜひ今後とも、『恥知らずと鬼畜令嬢』をよろしくお願いいたします。




