298話・魚面の顔
「ぐうっ!! うううう!!」
「がまんしてください、あなた!」
肉塊と化しているとはいえ、そこは俺の足だった部分だ。
引きちぎれば、当然痛みはある。
エルマは下僕のコボルトを召喚して刃物を持たせ、肉片を切り取らせていた。
麻酔があればいいのだが、あまりの痛みに何度も気絶しそうになった。
「痛み止めのポーション、5000ゼニル」
「こんな時まで金取るのかよ!」
錬金術師アンナ急ごしらえのポーションと気付け薬、ネンちゃんの回復魔法でダメージと意識は回復したが、血の通ったところから肉片を切り取るわけなので、想像を絶する光景だった。
もしこの場にレモリーがいたら、きっと取り乱していただろう。
「直行の足ってどうだったッ? すね毛の量は?」
「毛なんてテキトーで大丈夫ですわ♪」
「いっそのこと、ケンタウロスなんてどうだろうッ? 馬の足は速いぞッ」
「いい加減なこと言ってるんじゃないよ……」
そんな俺を尻目に、アンナとエルマは切り取った肉片から、健康な体組織を『複製』しようとしている。
「おい……あまり面白がって異形の実験するなよな……」
「わたしとしてはケンタウロスはいい案だと思うんだ。回避+3との相性もよさそうだし……」
「レモリーだって、馬力のある男性は、きっと好みだと思いますわ♪」
「いい加減にしろ! 怒るぞ」
「あら、いやだ直行さん。冗談に決まってるじゃないですか♪」
肉片の体組織を変える。
アンナが人体の構成や比率について、エルマに指示を出す。
それを元に、エルマは『複製』して、人体パーツをつくり出す。
パーツさえあれば、回復魔法の効果はより高く得られるそうだ。
話だけ聞いていれば、この危機を乗り越える最善の策だということは理解できるのだが……。
「お魚先生の顔、どんなのがいいでしょうねえ?」
「基本的には顔の筋肉と皮膚の再生だから、難しくはないよなッ」
エルマとアンナは、余った肉片を利用して、魚面の顔面の再生実験を行っている。
人間の顔をつくり出すのは面白いのか、俺の体組織は後回しで、すっかり夢中になっている。
気がついたら、そこら中に魚面のデスマスクのような肉の塊が並んでいた。
「直行さん。お魚先生の顔、どれが好みですか?」
「はあ? 何を言ってるんだお前……」
唐突にエルマが尋ねてきた。
「どうせ2人目の愛人にするんでしょうから、好みの顔がいいでしょう♪」
「直行はどんな女が好みなんだ? 色々用意してやるから、選べッ」
エルマとアンナは、さまざまな顔をつくり出している。
何となく会ったことのあるようなモブ顔から、小夜子、知里、よりどりみどりだ。
ネンちゃんは顔面蒼白になりながら目をそらし、魚面の治療を続けている。
「ネンちゃんは、あういう大人になっちゃダメだよ……」
「なりません絶対! おじさんも周りにいる人も、みんな頭おかしいです!」
怯えながら、真に迫った即答だった。
おじさん〝も〟ということは、頭おかしい中に俺も含まれているんだろう。
「直行さん。あたくしは、このアヒル口なんてキュートだと思いますわ♪」
「エルマよ。魚面本人の意思もガン無視で、勝手に顔を錬成したら、泣くぞ」
「のっぺらぼうよりはいいでしょう♪」
「顔だけだと分かりづらいなッ。カンタンに中身もつくってみるかッ」
アンナの提案を受け、エルマはザックリと頭部を複製する。
もっとも、中身はなく、マネキンの頭部の生身版のようなモノだ。
それらに、ひとつひとつデスマスクを重ねていく。
「凹凸があると分かりやすいだろう。うん、どれもいい顔じゃないか」
「その日の気分で付け替えるのもアリかもしれませんわね♪」
「お、おう……」
さすがの俺も、めまいがしてきた。
治療室には、無数の人間の生首(※複製品)が並んでいる。
魚面は意識を失ったままだが、起こした方がいいんじゃないだろうか……。
その時だ。
ノックの音が聞こえて、聞き覚えのある声が響いた。
「失礼します。ガーゼとシーツの替えをお持ちしまし……ななな……何ですのコレぇぇぇ!!」
仕立て屋ティティはドアを開けたとたんに、泡のようなものを吹いてひっくり返った。
持っていたガーゼや、折りたたまれたシーツが宙を舞い、生首の上に落ちる。
「お、おい! 大丈夫か? ネンちゃん、ちょっと診てやってくれ」
動けない俺は、ネンちゃんをうながした。
少女はそそくさと駆け寄り、治癒魔法を施す。
「驚かせてすまない。これには深いわけがあるんだ……」
「あたくしの夫と師匠が、敵の術で融合してしまったのですわ♪」
ティティはカッと目を見開いて、口をパクパクとさせている。
「……驚かせたな仕立て屋ッ! 単なる人体錬成の実験だッ! 気にするなッ!」
アンナは陽気に笑って言った。
これ以上警戒させないようにとの心遣いだろう。
「それで、せっかくだから、2人目の愛人でもあるお魚先生の顔をキャラメイクしています♪」
「のっぺらぼうだと、可哀そうだし……なあ」
エルマはニヤリと笑った。
俺も、できるだけ自然に笑った。
言うまでもなくそれは、完全に逆効果だった。
「□×%÷□▼×%÷□!!」
言葉にならない悲鳴を上げて、ティティは脱兎のごとく逃げ出していった。
「仕立て屋のおばさん、逃げ足が速いんですね」
ネンちゃんは感心したようにうんうん言っていた。




