29話・再度のウソ泣きだとしても
エルマはしばらく考え込んでいた。
「どうでしょう、直行さん。我がロンレア家の名前を出さずに交渉することは可能でしょうか?」
「……と、言うと?」
俺は腕を組み、首をかしげる。
エルマは難しい顔をして言った。
「当家の立場としては旧王都の保守派です。政治的な理由から、転生者や被召喚者と接点を持つのは好ましくありません。ましてや世界を救って世の中を変革中の急進者たちとの取引は……」
……ちょっと待て。
「そんなことは初耳だけど?」
転生者や被召喚者と取引してはいけない、なんていうのは。
そもそも、エルマ自身も転生者じゃなかったっけ?
それに、俺を召喚したのだって、エルマじゃないか。
俺をロンレア家に居候させているのだから、接点なんて、すでに持ちまくっていると思うけど。
「なにを今さら? って言いたそうな顔ですね、直行さん。ごめんなさい。今まではっきり言えなくて……」
「隠し事は無しだと言ったろう?」
エルマはうっすらと、涙ぐんでいるようにも見える。
「この世界は、この世界の人のためだけにある、と考えている人たちがいます。それが保守派で、とくに旧王都の貴族には多いのです。そのような保守派にとって、転生者や被召喚者のような異世界転移者は、よそからきた『異物』以外の何者でもありません」
「でも、その異世界転移者たちが、魔王を倒してこの世界を平和にしたんだろう?」
「はい、仰る通りです……」
従者レモリーが相づちを打ち、エルマは話を続ける。
異世界転移者……か。
「最初はユニークな存在だと歓迎していましたが、異世界転移者の数が増え、異なる価値観に基づいた行動が目立つようになるにつれ、保守派は眉をひそめるようになりました。あたくしの両親も同じです」
はじめの日、俺はバルコニーでお嬢様が「泣いて」いたのを思い出す。
ウソ泣きだったけど。
しかし、彼女の中では「泣き落とし」ポイントだったのだろう。
エルマは転生者だ。何の因果か、保守派の両親のもとに生まれてしまった。
転生者や被召喚者と接点を持つのは好ましくないと考える両親にとっては、当然、望まれない子供だったはずだ。
にもかかわらず、保守派の両親はエルマを大切に育てた。
だからこそエルマ自身も両親を助けたく思い、家の方針に背いてまで俺を召喚したのだろう。
エルマの涙が偽りだったとしても、家族間の葛藤は間違いなく存在する。
エルマが英雄ミウラサキの援助を避けていたのも、単純に苦手というだけでもなく、割と切実な理由があったんだな……。
伯爵夫妻の俺に対するぎこちない態度も、本音では快く思っていないためだったのか。
「……直行さん? さっきからずっと黙ったままですけど」
「ああ、いろいろ合点がいったと思ってな」
お嬢様を取り巻く混み入った事情が、少しずつ明らかになりつつあった。
「……なあ、この話進めちまって本当に大丈夫か?」
「きわめて難しいかじ取りですが、直行さんに一任します。『謎の行商人』として売りさばいてしまいましょう♪ できるだけ接点を持たず、『秒速で売り逃げ』大作戦ですわ♪」
エルマはおどけた口調で言った。
しかしその眼はとても真剣で、まっすぐに俺を見ていた。
「無茶言うなよ」
すると、レモリーが間に入って言った。
「いいえ。直行さまならやり遂げると私は確信しております。そのために必要とあらば、お力添えさせていただきます」
レモリーも、まっすぐに俺を見ている。
エルマは、ポンと手を叩いた。
「よく言いましたレモリー。中年の燃え上がるような恋の力を商魂に乗せて、この難局を乗り切るのです!」
「……」
エルマは強引に話を打ち切り、一方的に決めてしまった。
俺は何も言葉が出なかった。
さまざまな思いが、胸に去来した。
一方、俺個人としては大きな商機に内心ワクワクしていた。
こんな機会は現実世界だってそうそうないだろう。
エルマに反対されなくてホッとしている自分もいる。
現実では結果を出せなかった俺が、こちらの世界でチャンスを得ようとしている。
お嬢様もそれを承知なのか、俺を試すように不敵に笑っている。
「大口の商談だから、契約書もいるだろうし。物を運ぶとなると荷馬車も手配しないとな。とりあえず、彼らにはもう一度会って話を進めてくるよ」
俺は翌日『時のしずく亭』に足を運んで、さらに細かく商談を詰めることにした。
いわゆる「賽は投げられた」というやつだ。
投げたのは俺ではなく、お嬢様の方だったけれど。




