297話・ドキッ! はじめての人体錬成
俺と魚面は、謎の暗殺者集団〝鵺〟の〝猿〟の呪殺系魔法によって、あやうく死にかけた。
どうにか命を取り留めたものの、現在でも魚面は意識不明。
そして、俺たちは半身が融合してしまい、膨張した肉塊へと変わり果てていた。
かなりグロテスクな姿だ。
それでも、けんめいに治療を続けてくれる10歳の少女ネンちゃんには頭が上がらない。
「おじさん、がんばってください」
治療には相当に時間がかかるらしく、休み休み回復を続けてもらっている。
エルマなどは飽きたのか、どこかに行ってしまって戻って来ない。
◇ ◆ ◇
ところが、だ。
小一時間もしないで、エルマが戻って来た。
あろうことか、わがロンレア領の最重要機密人物アンナ・ハイムを連れてきていた。
白衣姿の、強烈なインパクトのある女史の登場だ。
ネンちゃんは怯えて、小さくなってしまった。
「フハハハハハ! 実に興味深い姿じゃないか、直行ッ!」
「ね? 唯一無二の機会だとは思いませんか♪」
言っている意味が分からず、俺は首を傾げた。
「おいエルマ。何やってたんだ。不用意じゃないか? ウチの最重要人物を連れてくるなんて……」
錬金術師アンナは、研究室でスキル結晶の量産をしている。
こんなところにお見舞いに来る必要のない人物だ。
ましてや、敵が彼女の情報を知っていたとしたら、真っ先に狙われる人物でもある。
「小夜子さんに護衛させましたから大丈夫ですわ♪」
「……しかし、アンナにはやることが山積みだぞ」
「問題ないッ。現在はスキル抽出のための最適な動物の選定作業だッ」
「……しぃーっ。声が大きい」
「ネリーの奴が根気よくやってくれているわッ!」
「だからってこんなところにお見舞いに来たところで、意味ないだろ……」
俺の一言に、アンナの顔は険しくなった。
「意味がない……だとォ」
「あたくしも直行さんは、もう少し頭の切れる方だと思ってましたが……」
「?」
俺にはさっぱり分からなかったが、エルマは得意げに笑っていた。
「これだけ膨れ上がった肉片を利用して、人体錬成の練習ですわ♪」
「呪いの結果とはいえ、ここまでの人肉素材は初めてだからなッ! 腕が鳴るッ」
「なん……だと……?」
俺は二の句がつけなかった。
固まってしまった俺をスルーして、2人は治療室に陣取った。
そしてエルマはポケットからアルコール除菌のスプレーを取り出し、ところかまわず吹き付けた。
「うおっ! 何だよ……」
「いいですかアンナ女史♪ 清潔さは大切です。何度でも言いますわ♪」
「分かっているッ! 貴様の助言通りにしたら精度が上がったわッ」
そういえば、アンナの白衣が黄ばんでいない。
心なしか、髪の毛もサラサラのような気がする……。
(元々クセがつよい髪型なので分かりにくいけれども)
「おじさんをどうするつもりですか? ギザギザ歯のおばさん」
ネンちゃんは怯えながらストレートに言った。
アンナはニヤリと笑う。
「今からわたしと、エルマ嬢で、人体錬成の実験を行う」
「お、おう……?」
俺は、人体錬成の実験台か……。
「膨張した肉塊を元に、健康な体組織を『複製』して、再生させる。回復術師のネンよ」
「は、はい……」
「キミは『複製』された人体パーツを回復術で元の体に戻すんだ。こうすれば、やみくもに回復術をかけ続けるよりかは、ずっと早く治療できる」
アンナの言葉に、エルマはメモを取りながら計算式を見せる。
「いったい何の計算だよ?」
「ほら、こーんなにも、治療時間が短くなって効率的ですわ♪」
もっとも、数学も医学も魔法もよく分からない俺には、ちんぷんかんぷんだが……。
「膨張した体積から、素材はふんだんにありますわ♪ とりあえず直行さんで実験したら、本命はお魚先生の治療です♪」
「……! まさかお前ら……」
ようやく俺は、話の流れが見えてきた。
「お魚先生、完全復活計画ですわ♪」
「魚ちゃんを元の体に戻すッ。傲慢な異界人ヒナの片棒を担ぐよりも、わたしにとっては最優先事項だッ!」
アンナの目は、ギラギラと光っていた。
俺は大きく頷いた。
「そいつは最高のアイデアじゃないか! 俺の身体ならいくら使っても構わない。痛みにも耐えてみせる。助けよう、魚面を!」
俺は右腕を差し出し、アンナもそれに続いた。
エルマがその上に、手をちょこんと乗せる。
「お魚先生は、あたくしが師匠と認めた人ですわ。ネンさん、よろしくお願いしますわね♪」
「闘犬のお姉さん……。がんばります……」
ネンちゃんも手を重ねる。
こうして、魚面の治療計画(および俺の人体実験)は、開始された。




