28話・二通りの握手
貴族街の古物商『銀時計』にて。
マナポーションを化粧品として勇者自治区の髪結い師たちに売る交渉は大筋でまとまった。
「僕たちは向かいの宿『時のしずく亭』に一週間くらい滞在予定なので、いつでも訪ねてもらって構いませんよ」
現代からの被召喚者である神田治いぶきは、右手を差し出した。
俺は握手に応じて、こちらの連絡先を告げる……。
「分かりました。俺への連絡は『異界風』って飲み屋に伝えてもらえれば」
勇者自治区の人間に対して、居候先のロンレア伯爵家の名前を出すのはマズい。
俺は行きつけのBARの名を告げて、連絡先とした。
意外なことに、もう一人の被召喚者アイカが興味を示した。
「へぇ、そんなお店があるんだ。じゃあ、もしかしたらそこに彼女、いるかも?」
「アイカさん!」
たしなめるようにいぶきが語気を強めたが、アイカは気にしないで続ける。
「もし八十島小夜子って娘を知ってたら、ウチらに連絡してくんない?」
急に話が変わった?
……その名前は初めて聞いた。
頭の中に漢字が思い浮かぶということは、被召喚者か。
「だからアイカさん、余計なことは言わないでって!」
いぶきが、たしなめるように語気を強めるが、アイカは気にしない。
「ほら、この人いい人じゃん。大丈夫だよ。知ってればめっけもん」
「……その名前は初めて聞きました。八十島小夜子さんに、もし会ったらお二人に報告しますよ」
「恐縮です」
「できれば連れてきてくれるとありがたいんだけど」
「アイカさん!」
いぶきに対し、アイカは口をとがらせてそっぽを向く。
「……もちろん、俺としてはお二人の探し人について他言はしません」
「すみません、お気遣いいただいちゃって……」
「いえ、こちらこそ。ではこの件は持ち帰って仲間と相談してきます」
「よろしくお願いしますね」
俺といぶきは、もう一度握手を交わした。
古物商の老紳士は握手というものになじみがないのか、ふしぎな顔をして俺たちを見ていた。
俺は改めて二人の異世界転移者と古物商に礼を言って「銀時計」を後にした。
「……面白いものを見させてもらいましたよ。これをお忘れなきよう」
帰り際に店主がそう言って、金貨の入った皮袋を持たせてくれた。
1万ゼニル金貨1枚と2000ゼニル銀貨2枚。
そうだ、サンプル品の売り上げ20000ゼニルのうち60%の12000ゼニル。
老紳士は意味ありげに、俺の肩を叩く。
「さっきなさってた、手を結ぶような行為は何ですかな?」
「ああ、握手ですね。俺たちの世界の挨拶ですよ。友好とか、信頼の気持ちを伝え合います。さっきは大きな契約が成立しましたから、その証ですね」
もっとも、日本人としては本来の習慣じゃないけどな。
いぶきはまぁ国際派というか意識高い系というか、少し気取ったところがあったから。
……それに、彼は知らないんだ、多分。
今、故郷の世界に還ったら、未曽有の感染症が蔓延してるってことを。
「こちらの世界での握手は、手の甲を相手に向けて……こうです」
彼は手の甲を俺の方に向けて、ノックをするような動作を示して見せた。
俺も見よう見まねで、同じようにしてみる。
「お互いの目を見て手の甲同士を合わせる。それがこちらでの『握手』です」
◇ ◆ ◇
屋敷に戻った俺は、応接室で緊急の対策会議を開いた。
メンバーはいつもの3人。
俺はエルマの母親の行動については伏せたまま、ザックリと状況を説明した。
「勇者自治区とロンレア伯爵家の接点は、あまりにも危険ですわね」
エルマは眉間にしわを寄せ、腕を組んで考え込んだ。
「はい。ですがお嬢様、一気に借金を返せるチャンスでもあります」
「取引を申し出てるのは神田治いぶきと、木乃葉愛夏という髪結い師だ。2人とも、この名前に聞き覚えはあるか?」
「いいえ」
「初めて聞きましたわね。大英雄『導かれし転生者たち』でも、魔王討伐軍のエースたちでもない、新世代の被召喚者たちでしょうか」
「ちなみにアイカを召喚したのは、『ヒナちゃん』だと言ってたな」
ヒナちゃんという名前には、エルマとレモリーも反応を示した。
「ヒナ・メルトエヴァレンス。その女は『導かれし転生者たち』で勇者に次ぐ主力メンバーのNo.2ですわね」
「はい、エルマお嬢様。これは勇者トシヒコ様との接点もあると考えた方が良いかも知れません」
「直行さん、これはとんでもない大物の名前が出てきましたわね……」
エルマは腕を組んだまま、大きく深呼吸した。
いぶきとアイカが大物たちとどれほど深くつながっているかまでは分からないけれども、交渉相手、そしてその先にいる人物がただ者でないことだけは確かなのだろう。
さっきの交渉相手の背後にいるのは、魔王を討伐した勇者パーティのNo.2なのか……。




