286話・〝雨降って地固まる〟
農業ギルドの面々が、小夜子を取り囲んでニコニコしている。
ビキニ鎧の若い女性が、まるでコワモテの山賊に囲まれてでもいるような、とんでもない絵面だ。
「竜をぶった切る女戦士なんて、おとぎ話の世界にもいねぇぜ」
「いや、魔王ぶった切ってンだから、すでにおとぎ話だろ?」
「竜なんて造作もねぇやな!」
「みんなお上手ねえ。褒めたってなにも出やしないわよ!」
「それ以上出さなくていいよ。十分だぜ」
「話してみると気さくなのに、色んな意味でスゲェ娘さんだ」
農業ギルドの若い衆は、そう言いつつも小夜子の巨乳や太ももを無遠慮に凝視している。
「カレム様おつかれっす」
「どうも~。いや~無事でよかった~」
「ロンレアのお嬢さんに助けられました」
「あれはまるで、ヒナっちの空間転移魔法だったね~」
ミウラサキは勇者自治区の出向組と労をねぎらい合っている。
「はい。皆様お疲れ様です」
レモリーが紙コップにお茶を淹れて配っている。
ちなみに紙コップだが、製紙工場の試運転時に作ったものだ。
お茶はセレモニー後の招待会のために用意してあった。
「はい。直行さまもいかがですか?」
「2つ頼む」
そんな輪の中から少し距離を置いて、クバラ翁は流木に腰を下ろしていた。
俺は歩み寄って、レモリーから受け取ったお茶を差し出した。
「クバラ殿、面目ない。とんだ事になってしまいました」
「いやなに、〝雨降って地固まる〟と相成りましたなァ」
クバラ翁は紙コップを受け取り、乾杯のような仕草を見せる。
俺も、静かに紙コップの縁を合わせた。
「そう言っていただけると救われます」
「〝魔王を倒した〟英雄は、聞きしに勝る鬼神っぷりでしたなァ」
「俺も、2人の実力を目の当たりにしたのは今回が初めてです」
「直行どのは、あんな鬼神たちを手懐けているのだから、恐れ入りやした」
クバラ翁は半ば呆れたように、感心したように笑っていた。
「エルマお嬢も思いのほか使いなさる。あんな魔法、初めて見やした。先々代もお喜びになるでしょうなァ……」
エルマの幼い頃を知るクバラ翁は、孫を見るような目でエルマを見ている。
当のエルマはといえば……。
「あたくしが編み出した空間転移魔法は、魔道の歴史に燦然と輝く偉業として語り継がれることでしょう♪」
エルマは人々の輪の中を行ったり来たりしながら、得意げに吹聴している。
編み出したのは賢者ヒナちゃんだけどな。
それはそうと、魚面の姿が見えないのは気になる。
猿の仮面を探すと言っていたが……。
無事だろうか……。
「…………」
そしてもう1つ気になるのが、ディンドラッド商会からの出向組だ。
皆、青い顔をしている。
「ギッドさん、どうなさいましたか?」
「…………」
心配そうに声をかける仕立て屋ティティにも応えず、腕を組んだまま険しい顔をしている。
この3カ月というもの、彼らとは表面的にはうまくやってきた。
ギッドも浸水後すぐに近隣住民の安否確認に走ったりと、役場の責任者としてロンレア領のためによく働いてくれている。
「ギッド、今回の件、ありがとな」
俺は声をかけた。
ギッドは顔を上げて俺を見た。
「……エルマお嬢さまに命を救っていただきましたこと、われわれ一同、感謝申し上げます」
言葉とは裏腹に、みんな暗く俯いて黙り込んでいる。
農業ギルドの「やったぜ! ハイタッチ!」みたいな笑顔とは対照的だ。
「見捨てる方が都合がよかったでしょうに……」
「はぁ?」
どうしたんだ、ギッドよ。
いつもの冷静な印象とは違うな……。
「直行どの。間者を使って我々ディンドラッド側に探りを入れておりましたね?」
確かに盗賊スライシャーを使って3カ月前から探りを入れていた。
しかしスラは忘れているのか、まったく報告が上がってこないけど。
「……まぁ否定は……しないが」
そして俺も、密貿易で頭がいっぱいで忘れてたけど……。
ギッドたちが裏で利益を懐に入れていた件は、別に表立って咎めるつもりはなかったし。
放火未遂みたいな嫌がらせも、魚面のガーゴイル配備で防げたしな。
「大方のところ、見当はついている」
俺としては、ギッドたちとうまくやっていければそれでいいから。
正直、気にしてなかった。
「……たとえスライシャーどのを封じても、ロンレア家には情報通の従者キャメルがいる。それに、他人の心が読める冒険者もお仲間にいるので、これ以上の隠し立ては無理でしょう」
「お、おう」
実際のところ、スライシャー以外を使って探りの手は入れていない。
知里とは音信不通だし、キャメルともそれっきりだ。
「ご存じのようにロンレア家への嫌がらせは、私の一存ではなく、ディンドラッド本家のフィンフ様からの指示でした」
「お? おう」
そうだったのか……。
皮肉にも俺は本人の口から、真相を聞くことになってしまった。
フィンフといえばあの〝お気楽な三男さま〟だが。
「しかしギッド、今回の件は……」
「ええ。フィンフ様もまさか、私たちの命まで巻き添えにするとは……」
ギッドの顔つきがさらに険しくなった。




