285話・英雄の復旧工事
「小夜ちゃーん、いったよー!」
「オーライ! どっこいしょー!」
……俺は、信じられない光景を目の当たりにしている。
上半身裸になったミウラサキが、流れてきた5~6メートルほどの原木を拾い、決壊した堤防付近に投げる。
その飛距離は200メートル以上だ。
「昭和の女を、なめんなよーっと!」
飛んできた巨大な原木を、小夜子が受け取め、刀で枝を落として丸太にした後、壊れた堤の部分に縦横に組んでいく。
組んだ丸太が流されないように工夫しながらの応急処置だ。
「親方日の丸、土木建築、昭和の女の、ど根性ー!」
「いよっ! 小夜ちゃん! 日本一!」
「…………」
ミウラサキと小夜子が汗を流す様子に、俺はちょっと引いた。
「おい! ボサッとしてねえで英雄さんたちを手助けしねえか!」
丘の上に避難していた農業ギルドの面々が、現場を目指して丘を降りていく。
だいぶ水流も収まってきたが、氾濫した川を歩くのは危険だ。
本来、話し声は俺の耳には届かない距離だが、レモリーの風の精霊術で声を中継してもらっている。
非常事態の情報共有にとても便利だ。
「はい。皆様、これに乗って下さい」
「クバラお爺ちゃま♪ 皆様もどうぞ♪」
水際まで降りてきたレモリーとエルマ、魚面、建築術師たちが、農業ギルドの面々を呼び止めた。
流木を魔法で改造して簡易ボートをつくっていたのだ。
ボートを運ぶのは、怪力の戦士ボンゴロ。
ギッドは帆のような大きな布を持っている。
「心を込めて複製した帆です。ギッドさん、受け取ってください。がんばって」
仕立て屋ティティが、ギッドに黄色い声を送っている。
丘の上の仕立て屋ティティが持っていた布を、複製してつなぎ合わせたものだろう。
「これより復旧作業を開始します♪ 皆の者あたくしに続くのです♪」
「野郎ども! エルマお嬢に続けぃ!」
エルマとクバラ翁の掛け声とともに、農業ギルドの面々を乗せたボートが……うごかない。
「エルマお嬢、漕ぐモンがねえんじゃ進まねぇよ!」
クバラ翁が豪快に笑った。
「あら、帆を張っただけで櫂を忘れていましたわ♪」
「風と水の精霊に告げる。船の運び手となり、加護を与えたまえ」
レモリーが精霊術を唱えると、大地がざわめき水流と大風が発生した。
精霊による追い風と水流操作で、ボートは楽々と氾濫した川を上っていく。
俺は取り残された工場の屋根からその様子を見ていた。
現場は気になるが動けない。
「レモリー、エルマ。そっちの状況はどうだ?」
レモリーが残してくれた風の精霊に言づけると、緑色のホタルのような光の玉は2人に向かって飛んでいった。
「はい。小夜子さまとカレムさまのお力で、溢れた水は止まりました。じきに水も引くでしょう」
「ところで直行さん、そちらからお魚先生は見えませんか?」
数秒のタイムラグがあって、風の精霊が2人の声を伝えてくる。
「魚面?」
俺は四方の丘を見渡した。
丘の上には技術官僚や仕立て屋ティティをはじめ、主に自治区の面々が残されているのが見える。
「丘の上にはいない。どこ行ったんだ……?」
移動するにしても、辺り一面水浸しだ。
彼女は空を飛べないはずだが。
確か、猿の仮面がどうとか言っていたな……。
◇ ◆ ◇
当初は大河の氾濫と思われた決壊事件も、幸い用水路の氾濫ということで、最小限の被害で済んだ。
死者はもちろん、負傷者もなし。
工場への浸水も防げた。
近隣の民家に浸水があったが、家畜などに深刻な影響はなかった。
しかし、俺の存在がきっかけで起こった災害でもある。
今後の住民との良好な関係のためにも、領主として手厚くしないといけないだろう。
そんな事を考えながら、俺も復旧作業を手伝った。
もっとも作業自体はミウラサキと小夜子の超人2人があらかた済ませてしまっていたが……。
農業ギルドの連中は、対立などなかったかのようにミウラサキと小夜子の回りを取り囲んでチヤホヤしている。
それにしても、魚面はどこに行ったのだろう。
少しばかり気になる……。




