284話・ガンガン行こうぜ
「小夜子姐さん、これを!」
上空100メートルに打ち上げられたスライシャーが、日本刀とビキニ鎧を小夜子に投げる。
「ありがとう!」
小夜子は上空で装備をキャッチすると、空中でビキニ鎧に着替えた。
遠目だったので、肝心なところはよく見えなかったけれど、彼女に一瞬の迷いもない。
衆目の集まる上空で、パッと着がえた後、空を蹴ってスライシャーを抱えると、ミウラサキに投げる。
「ギョッ、ぎょええええええ~!」
上空ではサーカスの空中ブランコような光景が繰り広げられていた。
ミウラサキが飛んできたスライシャーをキャッチする。
その間、落下物の速度は遅くなっていて、勇者トシヒコが使っていたという太刀〝濡れ烏〟はまだ空中にあった。
小夜子は〝濡れ烏〟を空中でキャッチすると、弾丸のような超速度で地上に舞い降り、着地する。
脱ぎ捨てたブラが落ちるよりも早い。
「グレン流剣術・零式……」
小夜子の全身から凄まじい闘気が発せられる。
炎のような真っ赤なオーラが、俺の目にも見えた。
しゃがみこんだ姿勢で、刀を構え、鯉口を切る。
そして上空を見据え、柄に手をかける。
「対空居合・抜刀術・対竜!」
小夜子が大きく息を吐きだしたかと思うと、消えた。
引き締まった太ももの筋肉が肉食獣のように躍動する。
「ハッ!」
ほとんど瞬間移動のような速度で舞い上がり、腐敗竜に突撃する。
小夜子が刀を抜くと、紅蓮の炎の中から烏の大軍が逃げ散ったような、黒いオーラがほとばしった。
「腐敗した肉片を上空で焼き切るわ!」
腐敗竜の迎撃動作が、スローモーションに見えた。
おそらくミウラサキのスキル『ノロマでせっかち』が発動しているのだろう。
小夜子の刀さばきは、俺の肉眼ではまるで追えなかった。
一度、稽古をつけてもらったことがあったけど、ゼンゼン本気ではなかったのだろう。
「舞って! 濡れ烏!」
「グ・ギ・ャ・ア・ア・ア・アアアァ……!」
腐敗竜の断末魔が、とぎれとぎれに聞こえた。
小夜子は赤と黒のオーラを身にまとい、腐敗竜の身体をバラバラに切り刻んだ。
濡れ烏の特殊効果なのか、小夜子の技なのかは分からないが、切り裂かれた竜の肉片は、その場で燃え上がり、落ちる過程で灰になっていく。
「カッちゃん、『ガンガンいこうぜ!』」
「よしきた小夜ちゃん!」
中型の旅客機ほどもある竜の肉片を、ほとんど原型をとどめないほどに高速で切り刻み、その場で焼き尽くす。
腐敗肉の焼ける臭いが、地上のこちらにも漂ってくる。
俺が見ているのは、人間の領域をはるかに超えた〝怪物〟たちの戦闘だった。
彼らは魔法が使えないというのに、ありえない滞空時間。
空気でも蹴ってるのだろうか、それともミウラサキの時間操作か……?
「小夜子サン! 直行サン! 猿の仮面をつけタ召喚士がどこカにいル! 探しテ!」
「えっ?」
風の精霊が、俺の耳元に魚面の声を運んだ。
どうやら小夜子のところにも精霊を飛ばしたと思われる。
仮面の召喚士といえば、魚面だが……猿?
俺は工場の屋根の上から周囲を見回すが、それらしき影はない。
腐敗竜を瞬殺した小夜子とミウラサキも、上空から周囲を見渡している。
が、該当する人影はなさそうだった。
ゆっくりと工場の屋根に降り立つ2人。
小夜子の青いビキニアーマーが眩しい。
「ナイス小夜子さん! っていうかすげええ!」
「いまのところ浸水は大丈夫みたいね」
俺は駆け寄って、小夜子とハイタッチを交わした。
ミウラサキはビキニ鎧にもじもじと視線を逸らしながらも、小夜子とハイタッチする。
「魚面が言っていた召喚士は分からなかった」
「わたしも……。でも、まずは堤の決壊を何とかしよう」
何とかって……。
幸い、建築術師もいるし、人手もあるにはあるが。
だからといって、すぐにどうにかできるものではない。
そんな俺の心配をよそに、英雄2人は腰をかがめて両拳を胸の前で合わせるポーズを取った。
生体波動、オーラ、呼び名は知らないけれども、2人の身体からはもの凄いエネルギーが発散されている。
「闘気変換・金剛力!」
「同じく、闘気変換・金剛力! とうっ!」
その掛け声とともに、小夜子の二の腕や太ももが一瞬、ボディビルダーのような筋骨隆々へと変化したように見えた。
ミウラサキは、上半身に着けていた衣服が弾け飛んだ。
「……」
唖然とする俺をよそに、2人は、重機を使わずに決壊した箇所を直すべく、パワー全開で上流の決壊場所へと跳んで行った。




