283話・竜との対峙
頭上を飛んでいるのは竜だ。
飛竜よりも二回り以上は大きい。
中型の旅客機くらいはありそうだ。
体躯が細めで腕が翼になっている飛竜とは違い、四肢の他に背中に大きな翼がある。
竜は上空を旋回している。
優雅というよりも、威圧的な印象だ。
怪我をしているのか、翼にはところどころ穴が開いていた。
この世界で竜といえば、深海魚のような外見の聖龍様しか見たことがなかった。
だがこの竜はアニメやゲームでお馴染みの西洋のドラゴンそのものだ。
逆光でよく見えないが、深緑っぽい体色。
魔法の才能のない俺でも、肌がビリビリするほどの魔力を感じる。
圧倒的な存在感。
翼から魔力のきらめきが放出されている。
竜は魔力で飛ぶのだと、どこかで読んだ覚えがある。
確かにあれだけの巨体を浮かせるには、魔法の力でないと無理だろう。
それに加え、何だろうこの、もの凄い腐敗臭は……。
「はい。直行さま。聞こえますか、私です」
呆然と見上げている俺に、風の精霊がレモリーの声を伝えてきた。
「どうやら、あの腐敗竜が堤を決壊させたようです」
「な、なんだとォ……?」
この3カ月というもの、ロンレア領にはゴブリン1匹現れたという報告はなかった。
上級魔神に遭遇した時の知里の話ではないが、急に竜と出くわすなどありえない。
「ミウラサキさまが対処すると仰ってますが、武器を持って来なかったそうです」
「役場に小夜子さんの装備がある。スライシャーにひとっ走り行ってもらってくれ!」
…………!!
腐敗竜に気づかれた。
風の精霊を無線のように使って会話をしていたことが、感知されたのか。
「グギュルルルルルゥン!」
腐敗竜が咆哮を上げて、こちらに迫ってくる。
しかし動きが遅い。
そこに、豆粒みたいな物体が高速で飛び出してきた。
ミウラサキだ。
相手の速度を遅くしながら、腐敗竜の周囲を飛び回っている。
俺は入り口付近で障壁を張っている小夜子を呼んだ。
「小夜子さーん!」
しかし工場入り口には大水が押し寄せている。
俺の声が届くか分からない。
「小夜子さーん! 敵襲! 腐敗竜だー! 小夜子さーん!」
俺がけんめいに旗を振っている姿に気づいた彼女は、超人的な跳躍力で工場の屋根に飛び乗った。
最悪、1階の製紙工場に被害が出る恐れがあるが、やむを得ない。
「すごい臭い。屍竜ね」
「奴が堤を破壊したらしい。ミウラサキ君が牽制してるけど、こっちも気づかれている」
「カッちゃん丸腰だと、決定打に欠くわね」
「小夜子さんの装備は、スライシャーが取りに行ってる」
小夜子は険しい顔をして戦況を見つめている。
爆乳にブラとショーツだけの姿だが、ものすごく真剣な表情だ。
「危ない! 毒酸吐息だ! グレン式跳躍術・弐式・縦!」
小夜子は超人的な跳躍で、上空100メートルは飛び上がった。
彼女はミウラサキと入れ替わるように腐敗竜に接近。
持ち前の障壁で毒酸吐息を弾き飛ばしている。
腐敗竜のほうも、突然現れた敵に臨戦態勢を取った。
ミウラサキと小夜子は、まるでバトル漫画の登場人物のようだ。
空気を蹴りながら上空で激闘を繰り広げている。
それにしても……凄い。
はじめて小夜子が戦っている姿を見たが、ここまでとは予想外だった。
普段との落差に驚くばかりだ。
しかし、2人とも丸腰では決め手に欠く。
腐敗竜は文字通り腐った肉体を持っているため、素手での攻撃は危険だ。
たぶん「ブニョッ」とした感触で、猛毒の菌がいる恐れもある。
「小夜子さまとカレムさんを援護するぞ」
「行け! 氷結! 削れ! 削れ!」
「はい。火柱!」
「敵を打チ倒セ! 雷撃!」
避難先の丘の上から、色とりどりの光弾が竜を目がけて炸裂する。
レモリーら魔法が使える者たちが炎や氷などの魔法を次々と打ち込む。
だが腐敗竜の体はビクともしない。
魚面も電撃魔法で攻撃するが、竜族には魔法耐性がある。
どの程度のダメージを与えられるか分からない。
俺は跳べるわけでも、近接戦闘ができるわけでも、魔法が使えるわけでもないので、この状況をただ見ているしかなかった。
幸い、工場入り口の浸水はどうにか持ちこたえている。
地下には魔法が使えるネリーがいるから、アンナの研究室は守れるだろう。
しかし上空の戦闘は、このままでは膠着してしまう。
英雄2人の力で、腐敗竜を撃退できるだろうか。
俺はレモリーの風の精霊にメッセージを伝えてスライシャーに放った。
若干時間のズレはあるものの、離れた相手と無線のように話せるのはありがたい。
「まだか、スライシャー?」
「へい。役場に入りやした。いま女子ロッカーを物色していやす。いい匂いがしますぜ、大将!」
「いいから小夜子さんのビキニ鎧と刀を持ってくるんだ! 急げ」
「へい!」
俺が盗賊スライシャーに檄を飛ばしていると、もうひとつ別の風の精霊が割って入ってきた。
「直行さん。スラが小夜子さんの装備を持って、役場から出た段階で、あたくしが空中に転移させます♪」
「おう」
「あたくしは詠唱してますから、役場の屋根にスラが見えたら合図してくださいな」
「よしきた」
俺は目をこらして役場方面を見た。
ちょうど、屋根に上がって旗を振るように日本刀を振っているスライシャーが確認できた。
「今だエルマ!」
「サポートお願いします、お魚先生!」
「承知シタ!」
役場の屋根付近に空間転移用の門が出現。
「スライシャー、そのまま門に飛び込め!」
「へい?」
俺が絶叫するまでもなく、スライシャーの直近に門が開いたため、彼はそのまま吸い込まれていった。
「転移発動ですわ~!」
「ぎゃああああああ」
スライシャーは絶叫とともに、100メートルほど上空に打ち上げられた。
落下についてはどうするのだろう……。




