280話・堰が切られる
遠くの方から轟音が伝わってくる。
森から一斉に飛び立つ野鳥たちの黒い影が空をふさぐ。
「何が起こった?!」
「わたし、見てくる!」
俺が叫ぶのと同時に、小夜子がワンピースを脱ぎ捨てた!
大胆な下着姿!
爆乳が揺れ、彼女の周りにピンク色の障壁が発生した。
「カッちゃん行くわよ! グレン式・跳躍術!」
「同じくグレン式・跳躍術! とーうっ!」
小夜子と赤面するミウラサキが、同時に跳躍した。
その高度は20m以上、人間技を超えている。
「風の精霊よ! わが目となりたまえ!」
一瞬遅れて、レモリーが風の精霊を空に放つ。
「洪水だわ! 水が押し寄せてくるわよ!」
「ここはマズい! 避難するんだー!」
小夜子とミウラサキが上空で絶叫する。
続いて風の精霊を飛ばしたレモリーが状況を知らせてくれた。
「はい。直行さま。精霊の話では川上の堤が切れたようです。わたしの水流操作では制御しきれない大水です」
避難、と言われても間に合わない……。
それでも、ほんの一瞬の判断が、明暗を分ける。
とにかく命を守る行動を取らなければならない。
「大水が来る! 走れる奴はあの丘まで走れ!」
俺は、周囲を見渡して小高い丘を指さした。
呆然としているディンドラッド商会や農業ギルド関係者の肩を叩いていく。
「時間がありません! 早く逃げて!」
ハサミを持ったままテープカットの位置で固まっている技術官僚や仕立て屋ティティに避難を促す。
そうしながら、俺は最善の行動を考えるが、考えが追い付かない。
「大将! マズいことになりやしたな!」
「早く逃げるお!」
「吾輩は工場を守らねばならん。命に代えても!」
くそっ、どうすればいい!
考えろ。被害を最小にする方法を!
しかし考えたところで、現状を変え得る能力は俺にはなかった。
「グレン式超脚術・空気蹴り!」
そんな俺の思考よりも早く、ミウラサキは空気を蹴り飛ばし、轟音のする方へ飛んでいった。
「発動! 『ノロマでせっかち』!」
ミウラサキの声と同時に、俺たちを除く周囲の動きが超スローモーションになる。
うねるような水の音が、ゆっくりになった。
速度の王が、周囲の時間の流れを遅くしたのだ!
「直行くん。まずは2人、わたしが皆を抱えてそこの丘まで運ぶわ!」
「ワタシも念力で小夜子サンを補助する。走れる人は逃げテ!」
「まずは子供と高齢者! 年配のクバラさんとエルマを頼む」
運ぶと言われても、集まったこれだけの人数を運ぶのには無理がある。
「みんな、丘の上へ走れ!」
ミウラサキが時間の流れを遅らせたとしても、全員が助かるかどうか。
とにかく、1人でも多く助けなければ。
「とりあえず3人浮かべるから、小夜子サンお願イ」
すでに魚面は仕立て屋ティティ、クバラ翁を念力で浮かび上がらせている。
しかしエルマは手伝おうともせずに、言ってのけた。
「お魚先生。それには及びませんわ♪ 一か八かですが大技を仕掛けます」
そう言いながら、エルマは中空に魔方陣を描き出している。
見覚えのある術式だった。
勇者自治区でヒナ・メルトエヴァレンスが見せた転移魔法……?
「エルマお前!」
「小夜子さんの障壁は、水圧に耐えられますか?」
俺の言葉を遮り、エルマは小夜子に確認した。
「任せて! 前に知里と沈没船を引き上げたことがあるわ!」
「直行さん。小夜子さんと一緒に地下工場への入り口で浸水を食い止めてください♪」
「待てエルマ。大勢の命がかかっていることを一か八かの賭けにするな!」
万が一エルマが空間転移魔法に失敗したら、小夜子の障壁で皆を守る。
人命が最優先。
密貿易のスキル結晶工場を守るのは二の次だ。
「領主の責任を全うしますわ♪」
エルマは空間転移魔法の発動式に入った。




