279話・落成式にて
「式典なんて堅苦しいもの、わざわざ開く必要がありますの? あたくしは苦手です」
領主として式典に臨むエルマは、珍しく淡い色合いのドレスで正装していた。
「そう言うなエルマよ。一応お披露目をして、危険な施設じゃないってことを世間にアピールしないと」
……実は、かなり危険な施設である。
表向きは製紙&段ボール製造工場だが、裏では勇者自治区の軍需工場だ。
地下に錬金術師アンナ・ハイムの研究室を設け、軍事用のスキル結晶を量産することを目的としている。
勇者自治区からの最初の依頼は『理性+3』だ。
これを、800人分生産し、納品する。
当然密貿易になる。
俺もレモリーも魚面も、正装して式典に臨んだ。
最重要人物で最高機密でもある錬金術師アンナ・ハイムは、もちろん表には出ない。
位置探知の仕掛けがある錬金術師の身分証も、旧王都にあるドン・パッティ商会の金庫に厳重に保管してあった。
代わりに工場長としてネリーが出席する。
正装したネリーを見て、戦士ボンゴロ、盗賊スライシャーが冷やかした。
「工場長って偉いんだお!」
「まさかネリーの奴が出世するなんて、あっしには想像もつかなかったでやんす」
「吾輩を冷やかしに来たのか」
「そういうこった。今日はたらふく飲ませてもらうぜ、相棒」
立場が変わっても、3人は変わらず仲が良さそうで安心した。
「直行くん。このドレス変かなあ?」
小夜子は炊き出しを行う慈善団体の代表として出席する。
彼女は勇者自治区で購入したドット柄のレトロワンピース姿だ。
よく似合っているけれど、異界人っぽさはどうしても際立つ。
「その点、ボクは大人っぽいでしょ!」
レーシングスーツを着ていないミウラサキは新鮮だった。
今回ミウラサキはあくまでもドン・パッティ商会の御曹司ジルヴァンとしての参加になる。
紺色のベストとリボンタイの組み合わせで、別人のような印象だ。
普段からこの姿であれば、結構モテるんじゃないか……?
一方、俺たちの仲間以外では、主要関係者の欠席が目立った。
勇者自治区のヒナ・メルトエヴァレンス執政官の出席は見送られ、代わりに『複製』スキルを持つ仕立て屋ティティが来てくれた。
政治的な配慮から極力、自治区との関係性を薄くしたものになっている。
「勇者も賢者も参加しないなんて、地味な面子ですこと♪」
「まあそう言うなエルマよ」
「領主さまご夫妻は大そう仲がおよろしいのですね……」
仕立て屋ティティは、和装にフィンガーウエーブの髪型という昭和モダンガール風の装いだ。
どう見ても異世界人だが、彼女は転生者でも被召喚者でもない。この世界の人だ。
そして彼女はいつも俺にドン引きしている。
「ギッド。ディンドラッド本家の方々の欠席は残念だけど、今日はよろしく頼む」
「承知しています。当商会は、誠心誠意ロンレア家のお手伝いをさせていただきます」
ディンドラッド商会側からは、担当責任者の「お気楽な三男さま」ことフィンフの欠席が伝えられた。
商会を代表するのはギッドと、ロンレア領に出向している10数人のいつもの職員たちだけだ。
「直行どの。毎日農作物を高く買っていただいたことは、ありがたく思っとりますよ」
農業ギルドのクバラ翁以下、ギャングのような面々が連なる。
彼らとは冷戦下にあったが、野菜を高値で買うことで、嫌がらせのような態度は減っていた。
これらのメンバーに加え、野次馬たちも集まってきて、ロンレア邸の庭はそれなりの人で賑わっていた。
◇ ◆ ◇
落成式には、元の世界でお馴染みの紅白の幕と紙テープ。
式典後は立食形式の祝賀パーティが行われる予定だ。
式典の開催について、賛否両論があったのは確かだ。
異界人の風習をロンレア領で行うのはどうか、と。
俺も正直気乗りはしなかったが、勇者自治区の技術官僚が「どうしても!」と言ってきかなかった。
聞くところによれば、彼は落成式のテープカットを生きがいにしているのだという。
あろうことか、マイ金ばさみまで持ってきたという入れ込みようだ。
「このたびは、わがロンレア領と勇者自治区による製紙工場の完成を祝いまして、落成式を執り行いたいと思います」
進行役のレモリーが、冒頭の挨拶を始めたときだ。
ゴゴ……。
ゴゴゴゴゴ……。
遠くから、地鳴りのような音が響いてきた。
それとともに、近くの森から一斉に野鳥が飛び立つ。
折り重なる無数の羽音。
その瞬間、何かとてつもなく嫌な予感がした。




