277話・ロンレア領への帰還とエルマの成長
「はい! おかえりなさいませ、ご主人様」
「直行さん、お土産のマシュマロは買って来てくださいましたか♪」
「3日ぶリ直行サン!」
「カレムさま! 直行どの! お待ちしていましたよ!」
ロンレア領にある伯爵家のカントリーハウスに戻った俺たちは、仲間たちから熱烈な歓迎を受けた。
従者レモリー。
ロンレア領の共同統治者で、俺をこの世界に召喚した伯爵令嬢エルマ。
顔と記憶を奪われた元・殺し屋で、現在は俺の用心棒を務める魚面。
そして勇者パーティの主力だったミウラサキの部下の測量士たち。
俺たちは彼らにもみくちゃにされながら、玄関ホールに迎えられた。
「改めて、おかえりなさいませ!」
エルマを中心に、留守を守っていた者たちが横一列になって礼をした。
俺とミウラサキ、そして小夜子は挨拶して彼らに応えた。
「それで……賢者と錬金術師の事業計画は、いかがでしたか?」
エルマが珍しく真面目な顔で訊いた。
「結論から言うと、上手くいった。詳細については後程、打ち合わせも兼ねて知らせる」
「さすがわが夫ですわ♪」
俺は手短に報告すると、エルマがニヤリと笑った。
続いてレモリーも、頷く。
「はい。お見事です直行さま」
「直行サン。めでたイなら、ワタシ酒宴の支度するヨ!」
「魚ちゃん、わたしも手伝うわよ!」
具体的なことは知らされていない魚面も、弾んだ声でそう言ってくれた。
ビキニ鎧姿の小夜子も、腕まくりのポーズ(素肌だけど)をして、魚面を伴い台所に向かっていった。
測量士たちは大胆な衣装の彼女に目を丸くしている。
「し、失礼ですが、あのビキニの女性は……」
「ボクらの仲間の小夜子ちゃんだよ。ヒナっちのお母さん!」
ミウラサキの説明に、測量士たちの中で年長者は頷き、年若く見える連中はさらに驚いていた。
「どひゃー。あの方があの……! もっと年配の方だと思ってました」
「もう6年になるから、小夜子さんを知らない世代もいるよな」
「討伐軍の時はお世話になったもんさ。主力組なのに、おれたちの食事まで作ってくれたり! 悩んでると相談に乗ってくれたり、金まで貸してくれたんだ」
6人いる測量士たちの年長組が、口々に小夜子に助けられた事を語っている。
その話を聞いているミウラサキは、とても嬉しそうだ。
俺としては、金まで貸してくれた話はどうかと思うんだが……。
ちゃんと返したのかな。
「酒宴の支度が整うまで、どうぞ皆さんはおくつろぎください。俺もちょっと手伝ってきます。レモリー、皆さんを食堂までご案内してくれ」
「……いいえ。直行さま。それには及びません」
「ん?」
レモリーは首を横に振った。
「いまさらお客さん扱いもないですよ直行どの。自分ら、もう3日もここを拠点に生活させてもらってます。エルマお嬢さんからは〝自分の家のようにおくつろぎください♪〟と言われているので、図々しくもそうさせてもらってます」
「もちろん、居候としての節度は守らせていただいてますけどね」
俺が思っていた以上に、測量士たちはロンレア伯爵家に馴染んでくれていたようで安心した。
というか、エルマは当主として接客をソツなくこなしていたのだな。
正直、トラブルも覚悟していたが、意外だった。
「ところで、そのエルマの姿が見えないようだが……?」
「はい。エルマさまは、酒宴の前に直行さまと2人だけでお話がしたいとのことで、2階のお部屋でお待ちしております」
「分かった。ではレモリーは酒宴の準備を頼む」
「はい。かしこまりました」
エルマの奴、改まって一体どうしたのか。
俺は2階に上がって、彼女の私室の扉をノックした。
「直行さん。どうぞお入りください」
「おう」
エルマに促されて、俺は私室に足を踏み入れた。
部屋の中には、無造作に本が積み上げられていた。
机の上には召喚術式などを下書きした紙のほか、粉末や液体の薬品のようなもの。
床にも異世界から召喚したと思われる、プラスチックや俺の知らない結晶体などの化学物質がフラスコに入れられたりして置かれていた。
俺の留守中にエルマがただならぬ努力を続けていた様子が分かった。
「その辺に腰かけてくださいな♪」
「……ああ」
俺は椅子の上に積まれていた魔導書を机の上に移して、腰を下ろした。
エルマも向かいのスツールに座る。
「ヒナさんとアンナ女史の会談はうまく行ったのですね♪」
「まずは上々の滑り出しだ」
俺は、自治区と旧王都を行き来して交渉した事をザックリと伝えた。
とりかわした覚書には『制約』の魔法がかかっているために、現時点ではエルマに見せられない旨も言っておいた。
「これについてはエルマ本人が立ち会って、新しく『制約』をかけ直してもらう必要があるが……」
「承知いたしました♪ この件に関して一切を直行さんにお任せいたしますわ♪」
……何だかエルマは人が変わったようだった。
測量士たちへの対応も、今回の受け答えも今までの彼女とは少し違って落ち着いている。
転生者といっても、13歳という年齢の少女だ。
めまぐるしく心身が成長していてもおかしくない……。
心なしか大人びた表情をしているエルマを見て、俺は頼もしく思う反面、少しだけ寂しさも感じた。




