276話・間者スライシャーを放つ
ワーゲンバスを模した花柄の車で、俺たちは旧王都を経由してロンレア領に戻る。
運転するのはミウラサキ。
助手席には錬金術師アンナが座り、その後ろの席に俺と小夜子が並んで座る。
「知らなかったわ。ヒナちゃんが自動車まで走らせてたなんて……」
小夜子は驚いていた。
と、同時に呆れてもいるようだ。
「トシヒコ君とヒナっちで、2~3年前くらいから技術者を召喚したりして、研究を進めてたんだ」
「手紙には車って書いてあったから、てっきり馬車だと……。しかもナニコレ! まるでヒッピーみたいな派手な花柄!」
「ヒナっちの趣味全開だよね~」
「彼女、わたしのことママなんて言う割には、わたしが生まれる前の歌や文化をよく知ってるの。変じゃない?」
小夜子がそう言うのも無理はない。
「小夜子さんはインターネット以前の人だもんなあ」
小夜子はテレビや雑誌などのメディアが流す情報が主流だった時代の人だ。
自分で調べるとしたら、図書館を使うなり本屋を探すくらいしか情報を得る方法がない。
もしくは趣味のサークル等、詳しい人から教わるか。
「それそれ! トシちゃんと知里がいつもその話してた」
「ボクも知らないんですよね。インターネット……」
ミウラサキは80年代中盤に生まれて9歳で亡くなっているから、やはりネットに触れてはいないだろう。
「知里は〝乙〟とか〝てへぺろ〟とか言うの」
「トシヒコ君は〝禿同〟とか〝草〟って言うよね」
ずいぶんと久しぶりに聞いたネットスラングだ。
しかし、勇者トシヒコと知里はいつの時代から来たんだろう。
「…………異界人どもの話はよく分からんッ」
移動中の車内の他愛もない会話。
錬金術師アンナは、腕を組んだまま俺たちの話を聞いていた。
時折首を傾げたりしながらも、未知の世界に興味を引かれている様子だ。
◇ ◆ ◇
まずは旧王都まで行き、研究所にアンナを降ろす。
引っ越しの準備のためだ。
「着いたぞアンナ。おお、思ったよりも落書きはひどくないな」
アンナ・ハイム研究所では、留守を頼んでいた新米助手のネリーと再会。
なぜか盗賊スライシャーと戦士ボンゴロの姿もあり、仲良し3人組の冒険者がそろっていた。
「わが師アンナ。ご無事で何より……」
まずはネリーが一歩前に出て、預かっていた公認錬金術師の証を差し出し、恭しく師匠を出迎える。
「ほうッ! その目の下のクマ、わたしの蔵書を熟読していたと見受けるッ」
「アンナ姐さん、そいつは買い被りですぜ。ネリーの野郎の目の下のクマは元々でさあ」
「いや、吾輩あまりにも難しかったので何冊も読めてはおりませぬ……」
「何冊か読めただけでも立派だッ!」
「そんな事よりも、アンナ姐さん。この辺りは結構物騒になってきましたぜ」
「何度かおいらたちが追い払ったけど、しつこいんだお」
「ほう? 貴様らも研究所をよく守ってくれたなッ」
アンナは3人の冒険者たちの背中をバシバシと叩いて労をねぎらった。
確かに、研究所への破壊工作や落書きは、現状維持を保っている。
しかしそれも時間の問題だろう。
「そうだアンナ。引っ越しの荷づくりは割れ物から優先的に運ぼう。小夜子さんの障壁は、割れ物を運ぶのにも便利だから。小夜子さん、いける?」
「OK。恥ずかしいけど、わたしに任せて!」
家具などはミウラサキの実家のドン・パッティ商会の馬車で運べばいいが、割れ物は小夜子が同乗している時に運ぶのがベストだ。
彼女のスキル『乙女の恥じらい』は、肌を露出させるほど、本人の恥じらいと共に障壁が生じる。
スキルを発動する際の衣装は、もちろんビキニアーマーだ。
荷物は無事に運べるし、目の保養にもなるし一石二鳥だ。
「ちょっと着がえてくるわ。アンナ、奥の部屋を借りるね!」
そう言って小夜子はビキニ鎧を手に取ると、奥の部屋に走っていった。
彼女が着がえている間、俺はもうひとつの気がかりを処理しておく。
「ところで、スライシャー。別件で頼みがある」
「へい」
「実は先日、ロンレア邸に火矢を放たれたんだ」
「何だって? そいつぁ穏やかじゃねぇですな」
「やったヤツと裏にいる奴らの当たりをつけてくれ」
「承知しやした」
そうこうするうちに、ビキニ鎧を着た小夜子が戻って来た。
久しぶりに見た彼女の大胆なビキニ姿に、俺はニヤニヤが止まらない。
「やだ。直行君あんまり見ないでよ」
「……小夜子ちゃん、ボク先に車に乗ってるね」
ミウラサキは顔を真っ赤にして視線を逸らした。
◇ ◆ ◇
ビーカーやフラスコなど、割れ物を一通り積み込んだ後、俺たちは旧王都を後にした。
目指すは一路ロンレア領だ。




