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275話・新しい景色

 食事を終えた俺たちは宿泊するホテルへ戻った。

 いつもヒナちゃんが用意してくれる勇者自治区最高のスイートルーム。


「レモリーがここにいてくれればな」


 この高級ホテルはヒナがプロデュースしたもので、内装はフランスの宮殿をイメージしているのだとか。

 この部屋でまたレモリーにドレスを着せてやったら喜んだだろう。


 俺はひとりバスタブに浸かって至福の時を過ごした。

 広いバスルームはガラス張りで夜景が一望できる。


 勇者自治区のイルミネーションは幻想的だ。

 まるで現代社会へ戻ったかのようだ。

 いや、それ以上だ。

 俺は元の世界でこんな経験したことないから。


 元の世界では、セレブ生活を自慢しているインフルエンサーたちを羨みながら、型落ちのノートPCで毎日アフィリエイト記事を書いていたものだ。


 それが2カ月で50億と6000万ゼニルの取り引きを成し遂げた。

 我ながら信じられない。


「軍需産業って儲かるんだな」


 風呂を出てバスローブをはおったまま、ソファに腰かけ、夜景を見ながらキンキンに冷えた麦酒を飲む。


挿絵(By みてみん)


 ロンレア領にも冷蔵庫があるといいんだけど……。


「直行くん! 大変! ちょっと来て!」


 そのとき、ノックもなしにドアが開いて、小夜子が慌てて飛び込んできた。

 ナイトガウンをはおった姿で、胸はブルンブルンと揺れていた。

 

 彼女もお風呂上がりで、シャンプーと石けんの香りがする。

 肌もほんのり薄紅色に上気していて、思わずニヤけてしまった。 


 しかしそんな俺の愉しい瞬間を、次の一言が粉砕した。


「アンナが冷蔵庫を解体してるの! 一緒に止めて!」

「な、なんだってー!」


 俺は小夜子と一緒に女性部屋に駆けこんだ。

 アンナは下着姿に白衣をはおった格好で、冷蔵庫を分解していた。


「アンナ危ないからやめとけ!」

「アンナ! フロンガスはオゾン層を破壊してしまうの! ダメだってば!」

 

 ……この世界にオゾン層があるかどうかは知らないが、環境問題に意識が高そうなヒナが監修している冷蔵庫だからそれは大丈夫だとして、素人による分解はかなり危険だ。

 

「問題ないッ。錬金術師をなめるなッ!」


 アンナは鮮やかな手つきで冷蔵庫をパーツごとに分解していく。

 取り外したコンプレッサーをまじまじと見つめて考え込んでいる。


「ホテルの備品だから、人様のモノだからな」

「分かってるッ! だがッ、好奇心に勝てなかったッ」

「…………」

 

 仕方がないので、俺はフロントに電話して事情を説明……するわけにもいかない。

 錬金術師が勇者自治区にいることは最高機密だ。

 とりあえず、ヒナの執務室まで電話をつないでもらった。


「ヒナちゃんさん、すまない。アンナが冷蔵庫を解体してしまった」

「……彼女らしいといえば、そうね」


 さすがヒナだ。一言で状況を理解したようだ。


「申し訳ないけど買い取らせてくれ。100万ゼニルだったっけ?」

「お金はいいよ。冷蔵庫はあげる」

「そうはいかないよ。ただ、穏便に済ませるために力を借りたい」

「そうね。ヒナからフロントには伝えておく」


 錬金術師が冷蔵庫を解体した。

 たったこれだけの事実だが、万が一クロノ王国に知られたら一触即発だ。

 法王庁に知られても同様だ。


 錬金術師と勇者自治区の接触には、世界中の権力者が神経を尖らせている。


 つくづく俺たちは危ない橋を渡っているのだ。


「アンナ、頼むから自重してくれ」

「すまなかったなッ。だが直行ッ。モノを冷やす仕組みは分かった。材料があればこれも量産できるぞッ」

「お、おう」


 俺はドン引きしながらも、思わず心でガッツポーズを取る。

 冷蔵庫は確か1年待ちだったのだ。


「売ってやるから買えッ! 200万ゼニルでいいッ」

「高いよ~」


 自治区価格の倍なんだけど、それはアンナだから仕方がない。


 ◇ ◆ ◇


 ヒナの指示もあって、錬金術師による冷蔵庫解体事件は穏便にもみ消された。


「どうも~」


 翌朝。ホテル前にミウラサキが車を回してきた。

 俺はミウラサキ、小夜子、アンナを伴ってロンレア領へ。

 アンナは一度旧王都に寄って引っ越しの準備をする。


 ミウラサキの車には神田治(かんだはる)いぶきも乗っていた。


「直行さん、馬車の件はお任せください」

「お、おう。助かります」


 昨夜ヒナに電話した際に、ホテルに預けておいた馬車の事を相談したのだ。

 俺たちが最初にここに来るときに乗ってきたロンレア伯爵家の馬車を返却しなければいけない。

 まさかヒナの側近の一人である彼が来るとは思っていなかったので、意外だった。


「ヒナ様は信頼できるごく一部の者で、プロジェクトを進行させています。僕ら何でもしますので気軽にお申し付けください」

 

 いぶきの手配で馬車は旧王都のロンレア伯爵邸に無事に返せることになった。

 ずっと置きっぱなしだったので気がかりだったが、一安心だ。


「いぶき氏が馬車を動かせるとは、意外でした」

「まさか! 僕は乗るだけですよ。ちょうど僕の部下に馬丁を生業としていた転生者がいるので、彼に任せます。もちろん詳細は秘します」


 いぶきはセルフレームのネガネをクイッと上げた。


「ロンレア伯は筋金入りの異世界人嫌いなんです」

「分かりました。気をつけましょう」 


 そう言って、俺たちは別れた。

 

 スキル結晶量産化プロジェクトが、いよいよ動き出す。

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