表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
276/734

274話・ABCスープ

挿絵(By みてみん)


「どうしたッ? ヒナ執政官は知里とは知り合いだろッ?」


 錬金術師アンナが、元魔王討伐軍の被召喚者、零乃瀬(ぜろのせ) 知里(ちさと)の話を出したとたん、空気が凍った。


「……ええ。わかった。では1本……お土産にどうぞ……」

「そうかッ! ありがとうッ」

「…………」


 ヒナは気まずそうに炭酸水に口をつけている。


 知里は勇者トシヒコらと直接行動を共にした勇者パーティの一員だった。

 序盤から中盤までのエースだったと聞いている。


 それが、途中でパーティを追われた。

 追放の理由は「いつまでたっても治癒魔法を覚えなかった」にもかかわらず、「神聖魔法にこだわっていた」ことだという。

 いつか知里とサシ飲みした際に直接本人から聞いた。

 「闇属性の方が適性があるって勧められたけど、断った」とも話していた。


 知里は世界に6人しかいない特殊スキル『六神通(ろくじんずう)』のひとつ『他心通(たしんつう)』の持ち主で、他人の思考が読み取れる。

 勇者パーティが、彼女をどう思っていたのかは筒抜けだったのだろう。


「…………」

 

 俺たちは黙々と前菜を食べている。

 ヒナは凍りついた空気を変えようと、ミウラサキに話題を振った。


「そうだ、カレム君にはワンプレートがいいよね。いま用意させるね」

「ヒナっち。いつまでも子ども扱いしないでよ! ボクも皆と一緒に食べるもーん」

「カッちゃん大人になったわねー。お子様ランチは卒業だねー」

「イエーイ!」


 ミウラサキの子供っぽい口ぶりに、少しだけ場の雰囲気が和んだ。

 アンナだけが、眉をしかめて腕組みをしていた。


「知里の話はしたくないかッ。まあいい」

「そういう訳では……でも、彼女とはお友達なのね。ヒナたちのこと、何か言ってた?」

「知里は人の陰口を言うような奴ではないッ!」

「……そうね」


 何とも言えない空気の中、次のワゴンが運ばれてくる。

 カブのポタージュや、温野菜のコンソメスープなど好みの物を選ぶスタイルになっている。

 海老やカニから出汁(だし)をとったビスクや、ジャガイモと生クリームの冷たいスープ=ヴィシソワーズなんかもある。 


「わたし、カブのポタージュなんて、こっちへ来て初めて知ったのよ。ポタージュといえばコーンクリームよ!」

「ボクは給食に出たABCスープが好きだったなー。ヒナっち、ここで注文したら出してもらえる?」

「もちろんよ。ヒナのスキル『精密記憶』でイメージを伝えて、完全再現してあげる」


 ABCスープというのはアルファベットの形をした小さなマカロニが入ったスープ。

 発祥は北関東の学校給食メニューだったそうだ。

 それから関東を中心に広まっていき、全国展開されるようになったのは、00年代にかけてだという。


「えー、わたし知らなーい。カッちゃん、なんでABCなのー?」

「ABCDEFG……って、具が入ってるんだよ」


 地域や年代によって、給食に出たという人と、知らないという人が極端に違う給食メニューだ。

 テレビでも取り上げられたり、SNSでも話題になったりしていた。


「これが異界人の使っている文字かッ? さっき取り交わした覚書の文字とは形がずいぶん違うようだが……ッ?」


 アンナはABCマカロニを指で拾って、皿の上に横一列に並べている。

 SFX……偶然なんだろうが、俺は笑ってしまった。


「そうね。ABCはアルファベットといって、ヒナたちにとっては異国の文字に当たるの。これ以外にもヒナたちの世界には、たくさんの言葉や文字があって、様々な文化が影響し合って文明が発展してきたの」

「この世界とは違って、言葉や文字が違うと、もう意思疎通できなくなっちゃうのよ」


 ヒナの説明に小夜子が補足すると、アンナは心底驚いたようだ。

 思わず、スプーンを落としてしまう。


「だったらどうやって会話するんだ? 字を読むんだッ? 意思疎通はどうするんだッ?」

「だから相手の言葉を覚えるんだ。あいさつ程度なら簡単だけど、高度な会談となると超難しい。だから専門の通訳がいたりする」


 俺は横からアンナに説明した。


「……意思疎通できないのに、よく殺し合わないなッ」

「小競り合いは絶えないわ。ヒナが逆に聞きたいのが、この世界の人たちは、言語や文字の壁を飛び越えてコミュニケーションがとれるのに、どうしてヒナたちを受け入れないのか? ということ」


 アンナは少し考えた後に言った。


「ヒナ執政官。ひとつだけ伺っておこう。貴方は、ご自身がよそ者であるという自覚はあるかッ? 敬意を表してくれとまでは言わないが、われわれが生を受け暮らしているこの世界に、少しは遠慮というものがあるかッ?」

「…………」


 ヒナは答えられず、スプーンを持つ手が止まった。


「……ヒナちゃん、痛いところを突かれちゃったわね」

「いやー、ボク難しい話よく分かんないです」


 小夜子とミウラサキが顔を見合わせる。

 アンナは、まっすぐにヒナを見て、意外にも満足げに頷いた。

 

「貴方も本音でしか語れないタイプの人間とお見受けしたッ。お互い、話せて良かったと思うッ。心配するなッ」


 そう言ってアンナは、ワゴンに出されたスープを片っ端から飲み干していった。

 ヒナは何だか、心がざわついている印象だ。

 

 その後、メインディッシュもデザートも滞りなく完食し、会食はお開きとなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ