270話・スキル結晶工場建設計画・覚書
「40億ゼニル、勇者自治区としては出血大サービス!」
アンナは不敵に笑い、ヒナは腕を組んで苦笑する。
「悔しいが、お前たちの方がよっぽど錬金術に長けているようだッ! インフラ事業とは儲かるものなんだなッ」
勇者自治区執政官・賢者ヒナ・メルトエヴァレンス。
クロノ王国公認錬金術師・アンナ・ハイム。
ロンレア領主兼任・九重 直行。
三者の合意により、スキル結晶量産ラボの建設は本決まりとなった。
「しかも、自前の造幣局までお持ちとは恐れ入る。なァ……もう少し出せないかッ?」
「アンナよ。あまり欲をかくとロクな目に遭わないぞ」
今度ばかりは口約束の紳士協定というわけにもいかない。
俺たちは覚書を取り交わした。
リスクのある軍需製品をロンレア領内で生産する以上、偽装工作も必要になる。
「段ボール工場? ヒナは環境にやさしい社会が好きなんだけど」
「どの道、この世界には巨大物流網が構築される」
それなら率先して、環境にやさしい段ボール工場をつくればいいじゃないか、と俺は提案した。
「でも偽装なんだろッ? 直行は極悪人だなッ」
「ディンドラッド商会と少々あってな……隠密裏に事を進めたい」
「そうね。尻尾は出さないに越したことはないわね」
事後承諾になったが、偽装のための段ボール工場の案は承認された。
そのための予算も組んでくれた。
アンナの助手としてネリーをつけることでも合意した。
自治区から助手を出したかったヒナは最後まで難色を示したが、俺とアンナで押し切った。
「ヒナとしては、もう何人かラボに自治区の人間を出向させたいけれど……」
「まずはこれで回して、不備があればヒナちゃんさんサイドから人を回せばいいよ」
「見切り発車だけど、OK。ティティ、書類の『複製』をお願いね」
ヒナは覚書を手に取ると、昭和モダンガール風の彼女を呼んだ。
「直行君、アンナ女史。改めてウチの人材を紹介するね。ティティの能力『複製』は、書類はもちろん、スキル結晶の量産化にも役立つでしょう」
「ティティと申します。本業は仕立て屋です。戦闘はできませんが、どうぞよしなに」
なるほど、スキル『複製』を持つ彼女は、スキル結晶を量産化するのに適役だ。
ヒナは彼女をアンナの助手にしたかったのだろう。
ただ……。
「それなら1個作ったら『複製』し放題じゃないか? そもそもラボいらないんじゃ?」
「そう都合よくはいかないの。『複製』は無から有を創出できる訳じゃないのね。原材料が必要」
そういえば洋服を仕立てる際に、ティティは大量の生地を持ってきていたな。
「スキル結晶のような〝ステータス底上げ系〟アイテムの『複製』は無理なの」
ヒナは残念そうに言った。
アイテムの効果まで複製するのは無理ってことか。
「生体からスキルを抽出する作業は、われわれ錬金術師が行わなければならないッ」
「では私は、どのようなお役に立てますか?」
「『複製』スキル持ちには、〝器〟の量産を引き受けてもらおうッ」
首を傾げたティティに、俺が補足してみた。
「当領内では〝ロンレアの薔薇〟という鉱物が採れます」
この石は魔力をはじめ生体エネルギーを蓄えるので、抽出したスキルを宿す器になるそうだ。
「たぶん研磨した状態のこの石を、原石をもとに『複製』し、量産する……ということかなと」
俺は魔法については門外漢だが、アンナもヒナも大きく頷いてくれた。
「そうだッ!」
「詳しいことはアンナや、俺の共同統治者の伯爵令嬢からノウハウを学んでください」
エルマも同じ能力『複製』を持っているが、ここではあえて言わない。
「伯爵令嬢、ですか……?」
「直行君の奥さん。13歳の可愛らしい女の子よ!」
「……!!」
ティティが俺に汚らわしいものでも見るかのような視線を送った。
レモリーへのTバック指示、アンナとの誓いのキス、13歳の妻。
麻雀でいったら数え役満のような「ドン引き3連発」だ。
俺から距離を置くティティを横目に、俺は前から気になっていたことをアンナに聞いた。
「……アンナよ。ちょっと聞きにくいことなんだけど」




