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269話・賢者VS錬金術師2

挿絵(By みてみん)


「カネはいくらでも出すだと? そんなこと言うヤツを信用すると思うかッ」


 金にうるさいはずの錬金術師アンナ・ハイムは、声色を抑えて言った。


「スキル結晶には金がかかる。本当に出せるか怪しいものだなッ」


 それに対してヒナは動じず、かえって煽るような口調で返す。

 

「勇者自治区は、クロノ王国から通貨の発行を許されているのね。文字通り、いくらでも金貨を発行できる。貴女のお望みのままに、ね」


 お互いのプライドをかけた2人のやりとりに、俺は気圧されている。

 やたら喉が渇くので、俺もアプリコットティーを飲んだ。


「金貨の発行だとッ? クロノ王国は貴方たちを()()()()だとみなしている。なのに、何故そんなことが許されたんだッ?」

()()()()らしく、ヒナとトシが力で脅したの」

「なんだとッ? 次はこの錬金術師を脅すつもりかッ?」

「……分かった。具体的にいくら出せるかを言えばいいのね?」

「ああ聞こう。錬金術は等価交換だッ」


 それは漫画で読んで知ってる。


「工場建設費とは別にスキル結晶のオーダー1個につき500万出しましょう。自治区で軍務につく人は800人。800人分のスキル結晶の対価として、まずは40億ゼニルでどう?」

「……安く見積もられたものだなッ」


 正直、俺は頭がクラクラしてきた。

 出てくる金額だけではなく、2人の堂々とした態度と言葉の応酬。

 単なる守銭奴の変人だと思っていたアンナが、賢者ヒナを相手に渡り合っている。


 俺はこの2人から交渉の優位を取れるのだろうか……。

 

「スキル結晶の相場は物理系が300万ゼニルではなくて? 大量購入する分、お安くしてもらいたいところだけど」

「人の運動能力には個体差が大きいッ。同じ『筋力+3』でもわたしと貴方、そこのお茶を汲んでくれた彼女とでは効果が違うッ。一律に+3を付与する物を生産するのは難しいんだッ!」


 このままアンナとヒナの値段交渉が続くかと思われたが、ヒナは一転して話題を変えた。

 パン、と手を叩いて場の空気を変える。


「ヒナが兵士に求めるのは〝戦闘能力〟ではないの」

「……ほう? 物理系スキルではないと……耐性系か」

「魔法スキルか?」

 

 アンナと俺の予測に対し、ヒナは首を横に振った。


「どちらも違う。ヒナが欲しいスキルは『理性』よ」


 ヒナからは、予想外の言葉が出てきた。


「『理性』……だと?」

「……戦場では、時として人は狂う。命令を無視したり、略奪したり、女性に乱暴したり」


 魔王討伐軍を率いたヒナの言葉には実感がこもっていた。


「さらに、ヒナたち転生者や被召喚者にとって命を奪う行為というのは、きっとあなたが思っている以上に重く、心的外傷ストレス障害にもなる。そうした精神を緩和し、兵士の心をケアしたいのよ」


 魔王討伐戦では主に魔物と戦っていたはずだが、現代社会からの転生者にとって命のやり取りはキツかったのだろう。


 俺も、魔神の頭を打ち抜いた時の引き金の感触を思い出す事がある。

 そういえば旧王都の下町にも心を壊してしまった青年がいたっけ……。


「侵略者がキレイごとを抜かすなッ!」

 

 しかしアンナは、ヒナを一喝する。

 ヒナはただでさえ強い目力をさらに強くして対抗した。


「侵略なんかしない。わが勇者自治区の軍隊は専守防衛。わたしたちの元いた世界では、そういう考えが浸透している。ヒナたちは野蛮人じゃない!」


「この大馬鹿者ーッ! 現に魔王を倒し、お前たちの勝手な考えとやらで世界をつくり変えているだろうがッ! これを侵略と言わずに何が専守防衛だッ、世迷い言を抜かすなッ!」 


 ……いかん。

 このままでは交渉決裂だ。


「アンナ。落ち着け。これは、世界の均衡のためにも必要なんだ。今のままでは勇者自治区は遅かれ早かれ侵略される」

「だから何だッ! 侵略者を侵略し返してどこが悪いッ」


 アンナは興奮してしまって、俺と合意した条件も自身の金儲けも頭から消え去っているようだ。

 さっきまであれほど冷静だったのに、何がキッカケでブチ切れたのか。

 彼女の心は分からないけど、とにかくこのままではいけない。


 俺はアンナの両肩をつかみ、彼女の目をまっすぐに見た。


「目を覚ませアンナ! お前ほどの女が『理性』を失ってどうする? ヒナちゃんさんの専守防衛を信じろ。冷静になれ」

「貴様……」

「落ち着け。何が気に障ったかは分からないけど、俺たちは約束しただろう。お前の夢を思い出せ」

「人体錬成……」

「そうだ。狂気の夢にたどり着く、そのための手段が他にあるか?」

「……ないッ」

「どのみち人間同士の争いは起こる。ならばせめて兵士の心が平穏であれば悲劇も未然に防げる。お前の夢は叶い、俺の夢も叶う。アンナ・ハイム。俺たちは一蓮托生だ」


 …………。

 アンナは肩をつかんでいた俺の手を振りほどき、俺に抱きついた。

 そしてあろうことか唇を重ね合わせてきた。


「なっ!」

「えっ?」

「誓いのキスだッ。この悪魔め、地獄に落ちろッ」


 不敵に笑うアンナ。

 呆気にとられる俺とヒナ。


 奥でティーカップを落としたティティは、さらにドン引きしながら俺を見ていた。


 …………。

 何はともあれ、スキル結晶量産化の計画は進行する。


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