267話・錬金術師ミーツ現代文明
「フハハハハハッ! 直行ッ! 分かったぞ! コイツは炎の精霊石から変換した電気エネルギーを回転する力へと変えて、タイヤを駆動させて走行するのだッ」
アンナは満面の笑みで電動キックボードを乗り回している。
モーターの仕組みを理解したようで、笑いが止まらないようだ。
「そうか! 自動車と言うのは、モーターの仕組みを、もっと大がかりに複雑にしたものか! フハハハハハッ! 聞いてるか直行ッ! オイッ!」
…………。
アンナは俺には理解できないような理屈をブツブツ話しながら、大声で笑っている。
錬金術師と現代文明が出会ってしまった瞬間だった。
「アンナ、ヘルメットを被ってないんだから、あまりスピード出すなよ」
日本の公道を走る際は、電動キックボードは原動機付自転車という扱いになる。
当然、免許とナンバープレートとヘルメットは必須だ。
しかし、ここは異世界。しかも有名テーマパークを模した勇者自治区。
勇者トシヒコや、賢者ヒナの私有地のようなものだ。
法的には大丈夫だと思うが、事故には気を付けないとならない。
「あと、通行人に気をつけろよ。いくら回復魔法があるからって、俺もお前も魔法が使えないんだからな」
もっとも、アンナは錬金術師。回復薬を作る事は出来るのだろうが……。
事故を起こしてしまったら、何かと面倒なのは確かだ。
「さっきからうるさいぞ直行ッ! 貴様はわたしの親にでもなったつもりかッ」
「ああ。親っていうか猛獣使いだな」
「貴様ッ! 言うようになったなッ」
憎まれ口は叩いたものの、さすがに危険だと思ったのか、アンナは速度を落とした。
「ところで。さっきから気になっているのだが、この地面の材質は何だッ?」
「特別なアスファルトだな。歩いても疲れにくいように、衝撃を吸収する仕組みになっている」
「どれ……」
アンナはホバーボードから降りて、地面の硬さを確かめた。
その様子は地団太を踏んでいるようで少しおかしかった。
「色もおかしい。入り口のところは赤く、さっきのところは緑。ここは青だッ」
「よく気づいたな。ここのモデルになったテーマパークが、エリアのテーマごとに地面の色を変えている」
エントランスの赤はレッドカーペットを意味していて、訪れた人に特別感を持ってもらう。
まあ、アンナにとっては違う世界の文化なので、説明するのに骨が折れそうだが。
ただ、有名テーマパークがモチーフとはいえ、ここはあくまで街で、ジェットコースターなどのアトラクションはない。
「この石、ふしぎな感触だな」
「ああ、それはたぶん石を模した合成樹脂だ」
「……何だそれはッ?」
芝生内にあるロゼッタストーンを指で押しているアンナが、ふしぎそうに首を傾げた。
石碑そのものではなく、素材に興味が行くのは錬金術師らしい。
「俺の元いた世界の地下には、石油という、燃える水が埋まっている。そいつは燃料としても使えたり、プラスチックという、極めて汎用性の高い物質の原料にもなる」
「燃料は精霊石や飛空石、汎用性の高い物質はミスリルやオリハルコンのようなものだと解釈すればいいかッ?」
俺の持っている知識では、さすがにここまでが限界だ。
「アンナ。この話は俺じゃなくて、自治区にいる技術官僚とやってくれ。悪いが俺にそこまでの知識はない」
「女にうつつを抜かしてないでお前も学べばいいだろうッ! 勉強は幅広くだぞッ! この痴れ者めがッ!」
アンナに正論をぶちかまされた。
俺は妙に気まずいので、現実逃避的に別の事を考える。
ロゼッタストーンのレプリカがなぜここにあるのか。
その意味はすぐに理解できた。
書かれている3種類の文字、古代エジプト語も民衆文字も古代ギリシア文字も内容が理解できた。
この世界では、知らない言葉でも瞬時に理解する事ができるのだ。
このレプリカが召喚されたものか、こちらで作られた物かは分からない。
エルマの話だと、特定の場所にあるものを召喚するのはまず無理らしい。
大英博物館にあるロゼッタストーンの本物は無理でも、レプリカならば捕まえやすいのか。
たとえスキル『精密記憶』を持つヒナでも、こんな3種類の文字を精密に記憶しているとは思えない。
だが、レプリカならば大手通販サイトで5000~2万円で買える。
「今度エルマに呼び出してもらって家に飾っておくか……」
俺が能天気な事を言いかけた時、園内放送が鳴り響いた。
「カレム・ミウラサキ様。お客様を伴って、サンドリヨン城までお越しください。くりかえします……」




