265話・またいつか冒険をしようぜ
「ネリー、貴様を助手にするのも、悪くないかもしれないッ」
「……その言葉は死ぬほどありがたい。だが吾輩には自信がない」
「臆するなッ! 時間をかけたって良いッ! 知識は身につけることができるんだッ! ネリー」
「……だが! ……だが! 吾輩にはボンゴロとスライシャーがいる!」
ネリーは頭を抱え込んでしまった。
「吾輩は下級魔術師だが、それでも吾輩がいなければ2人が困る。我らは3人のパーティで、互いに命を預け合っているのだ。吾輩が抜けることで、2人を危険な目に遇わせるわけにはいかない……」
そんなネリーの肩に、スライシャーとボンゴロが手を置いた。
「……何となく話の筋は理解したぜ。ネリー、あっしらの事は気にしなさんな」
「そうだお。お前には小難しい勉強が似合うお」
「アンナ女史のとこで勉強させてもらえるなら、錬金術の知識も身につくだろうぜ。魔法が使える錬金術師なんてすげぇじゃねぇか! なぁネリーよ」
「……」
「おいらたち、いつかまた3人で冒険に出るお!」
「ボンゴロの言うとおりだ。いつか3人でまた冒険しようぜ。お前さんが錬金術を学んだら、あっしらはB級冒険者に上がれるかも知れねえ」
「そしたら行けるダンジョンが増えるお! 報酬も! 美味しいものいっぱい食べられるお!」
「行こう! 素晴らしき冒険の旅に!」
4人は肩を組んで泣いている。
あれ? 1人多いぞ……。
「何て気持ちのいい人たちなんだ! ボクは感動したよ。よかったらボクも仲間に入れてくれないか?」
「え……?」
「ミ……ミウラサキ侯爵の旦那が……ですかい?」
「おいらこの人知ってるお。すごい人なんだお」
「ありがてぇっすけど、パーティバランス目茶苦茶っすね……」
唖然とする3人組に対して、無邪気に笑うミウラサキ。
「まぁ良いッ。いい助手が手に入ったッ。この後の自治区にも連れて行く。車とやらに乗せてやれッ!」
アンナはいたって真剣な顔で言った。
「……その事だが、俺に考えがある。今の時点でネリーを自治区に連れて行っても、魔力量などからヒナ・メルトエヴァレンスに足元を見られないとも限らない。ましてや彼は錬金術に関しては素人だ」
ヒナは自治区の人間をアンナの助手にしたがっている。
俺はそれだけは阻止したい。
アンナの助手が気心の知れたネリーなら、俺にとっても好都合だ。
「それが何だッ! 奴はもうわたしの助手だぞッ!」
「……そこまで言うなら、今回は懐中時計をネリーに預ける役はどうだ?」
俺は、3人にもみくちゃにされているネリーを呼んだ。
死霊のような彼の顔は、涙と鼻水でクシャクシャだった。
「アンナ、どうするかは任せる」
「知れたことだッ!」
「……?」
彼女は懐からカメオの懐中時計を取り出すと、ネリーに手渡し、ガッチリと握らせた。
「これを貴様に預けるッ。わたしの身分証だ」
「……どうして吾輩に?」
「それには現在地を知らせる機能がついているッ。だからこれから行くところに持って行く事ができんッ。従って助手である貴様に預けるのだ。肌身離さず持っていろッ」
「承知した……」
ネリーは恭しく懐中時計を額に押し付け、頭を下げた後、鎖を首から下げた。
そして上着とローブの下に隠すようにして、外から見えないようにした。
「……アンナ、念のため聞くけど、それに盗聴機能とかはないんだよな?」
万が一、現在までの会話が盗聴されていたとしたら、懐中時計を預ける意味もなくなってしまう。
「大丈夫だッ。前に死刑囚を使った人体実験をした時、研究室に悲鳴が響き渡ったが、本部からは何の音沙汰もなしだッ」
アンナは真顔でとんでもない事を言った。
聞かなかった事にしておこう……。
「さあッ! 出発だッ! 車とやらを出せッ! ドン・パッティ!」
「よしきた! みんなで冒険だ!」
「いや違うッ。一度わたしの研究所へ戻ってくれッ。ネリーに留守番をさせるッ。……ネリー、わたしの蔵書をふんだんに読んで待っていろッ」
「……ありがたき幸せ」
「勇者自治区はその後だッ!」
「ラジャー! レッツゴー!」
ミウラサキはいち早く運転席に乗り込むと、派手に出発のクラクションを鳴らした。




