264話・ネリーの選択
俺は3人組の金欠冒険者のために、シチューと麦酒を奢った。
「いやぁ、さすが大将は、太っ腹ですぜ」
「直行さん。ありがとうだお」
「かたじけない。直行どの」
こういうのは本人たちのためにならないとは思うが、腹を空かせた奴らを放ってはおけない。
しかしスライシャーには釘を刺しておこう。
「人の金で博打をするのは良くないぞスライシャー」
「へい。ネリーの奴が魔導書が欲しいなんて言い出すんで、あっしなら30倍にできると思ったんすけどねえ……」
「博打をするなら自分の金でやれよ」
……もっとも、俺も人の事は言えないが。
頼まれた事とはいえ、ロンレア家の財産を横流しして利益を得たし、世間的には年端もいかない伯爵令嬢をかどわかして、異世界間の逆玉婚で領地を乗っ取ったと思われている。
まさにブーメランとはこのことだ。
「そういえば、ネリーは魔道を極めると言っていたな。現状はどうだ?」
「現状? 金欠だ」
「……魔導書ってそんなに高いのか? 街道では宿にも泊まらず節約してたけど」
「ああ。知識というものは手が届かないほど高価なものなのだ。吾輩はスライシャーに望みを託して有り金をすべて預けた。だからすってしまったのは吾輩の責任だ。スライシャーの事は悪く言わないでくれ」
ネリーはスライシャーを庇った。
顔は怖いが、いい奴なのだ。
この3人組は、固い絆を感じさせる。
「……吾輩たちは皆、家が貧しくてな。一攫千金を夢見て冒険者になったのだが、この有様だ。……吾輩は子供の時分、両親に魔術を学びたいとせがんだが、魔法学校に通わせられる金などないと言われた。もちろん本だって買ってもらえなかった」
ネリーは自嘲気味に口元をゆがめた。
「しかも、吾輩の生まれ持った魔術の才能は中途半端なものだった。だからせめて魔導書を読んだり、魔術師ギルドに所属して魔道を学び続けたかった。だが、それも叶わぬ夢だった。C級冒険者の報酬では、生きていくのが精いっぱいだ……」
「フンッ……。知識とやらを独占していいのは特権階級だけなのさッ。だから奴らは、それ以外の者から法外な金をふんだくって知識を外に漏らさないようにしているのだッ。悪党どもめッ」
錬金術師アンナはネリーの身の上話を興味深そうに聞いていた。
「ネリーといったな。貴様は錬金術に興味はあるかッ? 手伝うなら、わたしの蔵書くらい見せてやってもいいぞッ」
「ククッ……吾輩が錬金術の手伝いを? ……無茶を言わないでくれ。初歩の魔術しか使えず、正規の魔道教育も受けていない吾輩に、世界最高難度の資格を有するアンナ女史の……じょっ、助手など、できようはずがない……」
ネリーはうつむき、寂しそうに笑った。
「馬鹿者ッ! できる、できないではないッ! 貴様はやるのだッ! ネリー!」
そんな彼を、すごい剣幕でアンナが叱り飛ばした。
「お前はッ! 貧しい環境にありながら魔道を志した。それは並大抵のことではないッ。もしわたしがお前の立場だったら、錬金術師はおろかッ、字も読めなかっただろう……」
腕を組んだアンナが、大きくため息をついた。
「魔法の才能が中途半端? それが何だッ、わたしには魔法の資質すらないのだぞッ」
「そう……なのか?」
「わたしは魔法が使えないから、魔法道具や魔法反応、触媒などを利用して物質を変化させる研究に特化しているのだッ。お前が助手として多少でも魔術を使えるというなら、実験の選択肢が増えるな……」
アンナは瞳をギラつかせている。




