262話・旧王都に自動車で乗り入れる
「ボクが生まれ育った街に、まさか錬金術師が隠れ住んでいたなんて……」
旧王都にたどり着いたのは昼下がりだった。
ロンレア領都から馬車で3日かかる行程を、たった半日足らずで移動。
自動車の機動力はすさまじい。
勇者自治区で開発されたこの車の動力はガソリンではなく、精霊石という異世界の魔法エネルギー。
排気ガスを出さないので、たぶん環境には優しいはずだ。
「ミウラサキ君。錬金術師アンナ・ハイムを知らないの?」
「ごめーん、ボク知らないんだ。同じ街に住んでるのに、今回ヒナっちから初めて聞いてビックリ」
「旧王都の外壁近くに、彼女の工房があるんだ」
ミウラサキは、車に乗ったまま旧王都の正門ゲートをくぐろうとする。
門番の騎士たちが血相を変えて駆け寄ってきた。
「なんだその馬車は! 魔法道具ならば登録は済ませたのか」
「どうも~」
車のドアガラスを開けて、ミウラサキが軽く挨拶をする。
彼は旧王都に名を轟かすドン・パッティ商会の御曹司でもあった。
「こ、これはジルヴァン侯爵。失礼いたしました。どうぞお通りください」
慌てた騎士たちが一斉に剣を捧げた。
その中には、俺を助けてくれた騎士たちの姿もあった。
足の健を切られ、死ぬ思いで旧王都まで這って帰ったあの日、炊き出しをしている小夜子のところまで運んでくれた彼らだ。
お互い名乗らなかったけれど、顔は覚えている。
向こうも俺に気付いたようだった。
「その節は、お世話になりました!」
俺は助手席のドアガラスを開けて、礼を言った。
彼らは俺にも剣を掲げてくれた。
「知り合い?」
「前に命を助けてもらった騎士さんたち。名前は知らないけど……」
「ボクも色んな人に助けてもらった。ボクらは運がいいね」
何気ない一言なのに、とても実感がこもっていた。
彼も魔王討伐戦で相当な修羅場をくぐったのだろう。
あのとき運が悪ければ俺も死んでいた。
「アンナ・ハイム研究所は郊外の城壁に面したところにある」
「へぇ。あの辺は再開発から取り残された廃墟の多いエリアだけど、あんなところに住んでるのかー」
ミウラサキは徐行運転で正門をくぐると、郊外方面に続く馬車道に車を回した。
通行人たちが、物珍しそうにこちらを見ていた。
バックミラーには走る子供たちの姿が映っている。
目を輝かせて自動車を追いかけてくる子供たち。
「自動車が珍しいんだろうね。でも、いまにこんなの、当たり前の世の中になるよ」
しかし、車が郊外の方に向かうと知るや、子供たちは追うのをやめた。
アンナ・ハイム研究所は、禍々しく廃墟となった区域にある。
というか、研究所の建物自体、はっきり言って廃墟っぽい。
「直行君。ボクも一緒に挨拶していいかな?」
ミウラサキは研究所の門から敷地内へ入り、車を停めた。
「いや、彼女、初対面の人に薬品をかける悪癖があるんだ。俺が先に行って事情を説明してくる」
「うわぁ……。でも、ボクならかわせると思うよ」
彼はそう言うが、アンナは何が飛び出してくるか分からない人物だ。
俺はミウラサキを車に待たせたまま、研究所のドアを叩いた。
「ごめんくださーい! 俺だー! 開けてくれー!」
「貴様ァ、何だあの魔法道具はッ! 知里が発掘したアイテムかッ? 誰に断って敷地内に入ったッ? ええ直行ッ! どうなんだッ!」
薬品こそ飛んでこなかったものの、ドアが開くなりアンナの唾が俺の顔にかかった。
そして俺が答える暇もなく、ズカズカと自動車に歩み寄り、興味深そうに観察しだす。
「どうも~。はじめまして。カレム・ミウラサキと申します」
ミウラサキが車から降り、さっそうとアンナに挨拶をした。
「誰だお前はッ! どこから来た? 何だその格好は? これは何だッ? 魔法道具か? 知里はどうしたッ?」
矢継ぎ早に質問を浴びせるアンナに、ミウラサキは目を丸くした。
まさか旧王都で自分を知らない人間がいるとは、思ってもいなかったのかもしれない。
しかし、そんなアンナに対する彼の態度は、俺の予測に反していた。
「ボクは転生者で、本名はジルヴァン・ドンパッティ」
「生まれはッ?」
「旧王都の商家です。元・勇者パーティです」
「その格好は何だッ?」
「この格好は、前世でカッコいいと思ってた衣装を再現しました」
「この馬車のようなモノは何だッ?」
「ここにあるのは自動車です。動力は魔法ですが、魔法道具ではありません。元いた世界の人やモノの運搬用具です」
アンナの矢継ぎ早の質問に、ミウラサキは迅速かつ真摯に答えた。
「どうも貴様は勇者パーティの一員で、知里とも知り合いのようだが……?」
「……知里ちゃんについては、仲間との話し合いの末、解任しました。ボクとしては、彼女には悪いことをしたと思っています」
「……!」
ミウラサキは、アンナの質問に対し、ひとつひとつまじめに答えた。
かえって彼女の方が驚いているようだった。
「最後の質問だッ。ドン・パッティ商会の御曹司で勇者パーティの一角が、わたしに何の用だッ?」
「勇者自治区へと、お迎えに上がりました」
ミウラサキは素直に切り込んだ。




