261話・ミウラサキの涙
朝の陽ざしが眩しい街道を、俺たちを乗せた自動車が爆走する。
最初の目的地は旧王都だ。
「フンフン、フフーン♪ そうさっ! つかめっ! ポンチレンジャー」
ミウラサキは、カラオケの自分の歌声に合わせて熱唱している。
それにしても、自分が歌った歌を吹き込んで、よく聞く気になるものだ。
ヒナのようなプロレベルの歌唱力ならともかく……。
『恥知らず』の俺でさえ、やれと言われても躊躇うだろう。
彼が熱唱しているのは、戦隊モノの主題歌と思われる。
威勢のいい歌だ。
サビのところに入る戦隊名から察するに、たぶん90年代中頃の作品だろうか。
「ミウラサキさん、戦隊モノ好きなんですか」
「え、いや……他はあまり知らないので」
少しだけミウラサキの表情が曇ったのが気になった。
しかし彼はすぐに気を取り直し、調子はずれの歌を自身のカラオケと一緒に歌った。
「そうだ、小夜子ちゃんの歌も聴きます?」
今度は80年代を代表するアイドルのヒット曲のイントロが流れた。
そして小夜子の元気な歌声が響く。
「小夜子さんといえば、ビキニ鎧で炊き出しですよね。俺初めて会った時、思わず列に並んじゃいましたよ」
「討伐軍時代からあの格好なんですよー。ボクなんか恥ずかしくて、いまだに彼女を直視できませんからー」
「ミウラサキさんって、意外に初心なんですねー」
俺とミウラサキは、何となくほっこりして笑い合った。
小夜子の歌は決して上手くはないが、聴いていると元気になって優しい気持ちになる。
それにしても、ノリノリで音程を外して歌っていて微笑ましい。
「歌ってるのは有名な曲みたいですね。前世のボクが生まれた頃くらいの……」
小夜子とミウラサキ。
この2人は外見上、ほぼ同年代だ。
小夜子の方が古い楽曲を歌っているが、彼女は被召喚者。
17歳で召喚されて6年目……。
しかしミウラサキは転生者で、こちらで0歳児からの時間を生きている。
80年代を代表するアイドルのヒット曲が生まれる前で、90年代中頃の戦隊モノを聴いていた。
とすると……。
「ミウラサキさんって、80年代中盤生まれ?」
「おお、よく分かりましたねー。でも、ボク9歳で死んじゃってますけど」
「…………」
さらっと言ったが、まさか子どもの時に……とは初耳だ。
俺は二の句が継げなくなってしまった。
「自分の不注意による転落事故だったので、しょうがないです。2度目の人生があっただけ、超ラッキーじゃないですか。直行クン、気にしないでください」
ミウラサキはそう言って笑った。
楽しそうにカラオケで戦隊ものの主題歌を歌うミウラサキのことが、急に切なく感じられる。
「ボク、前世では将来レーサーになりたかったんだ。でも、今は世界を救ったヒーローになっちゃった。それで、今度こそレーサーを目指して色々やってる。こんな人生って面白いですよ!」
ミウラサキが実年齢よりも無邪気に見える理由が分かったような気がする。
「直行クンは被召喚者だっけ?」
「ええ」
「……もし帰れたら、ボクの両親に会って、伝えてくれませんか。9歳で子供を亡くして、辛い思いをしてるかもしれないけど、ボクは来世で上手くやっているって」
ミウラサキの目には、いつの間にか涙が浮かんでいた。
「前世のパパとママの子供でいられたことを、今でも誇りに思ってる。どうか体を大切にして、長生きしてほしいって。伝言が長くてゴメンね、直行クン」
思わず俺も、目頭が熱くなってしまった。
「……戻ったら、必ず伝えます。ただ、ミウラサキさんのご両親に信じてもらえないかもしれないから、実家の電話番号と、当人たちでしか知り得ない秘密があれば教えてください」
「うん」
──ミウラサキが俺に打ち明けてくれたのは、幼いころ、親子で初めて行った旅行先での、他愛もないエピソードだった。
「直行クン?」
「何でしょう、ミウラサキさん」
「ボクの事、さん付けじゃなくて君づけで呼んでくれないかな。昨日からボクら友達だ。いいかな?」
ミウラサキの照れた横顔は、まるで小さな子どものようにも見えた。
「OKミウラサキ君。俺は友達との約束は必ず守る。だけど、すぐには帰れないんだ。ちょっと事情があってさ。でも帰ったら必ず伝えるよ。絶対だ!」
「ありがとう!」
約束をしてしまってから、ふと俺の心に何かが過った。
俺は、元いた世界へ帰りたい。
ずっとそう思っていた。
必ず帰る気でいたのに、何だろう、この胸のモヤモヤは。
……。
わからない。
今は考えても仕方がない……。
「直行クンも、歌う?」
「お、おう……」
こうして、妙に仲良くなってしまった俺たちは、カラオケの曲を一緒に歌いながら旧王都を目指した。




