260話・歌声と共に走る
翌朝。
ミウラサキの自動車で、俺は勇者自治区へと出発する。
錬金術師アンナ・ハイムとの交渉が成立したことを報告するためだ。
そして今後の工場建設について、具体的な計画を進める。
「はい。直行さま。お早いお帰りをお待ちしています」
「レモリー、測量士さんたちの身の回りのことは任せた」
今回エルマとレモリーは留守番だ。
測量士たちがロンレア領に残り、測量作業を始めるので、館を空にするわけにもいかない。
「直行さん。お土産にマシュマロ買って来てくださいな♪」
「分かったから。大人しくしてるんだぞ」
そうは言ってもエルマのことだ、茶化したりするんだろうけど……。
ただ、曲がりなりにもエルマはロンレア家の正当な後継者だ。
ギッドらディンドラッド組に決定権を握らせないためにも、エルマはここに置いておきたい。
「魚面は引き続き屋敷周辺の警備を頼む。相手を無理に捕まえなくていいから」
「分かったヨ直行サン。この〝カメラ〟という魔法道具デ、犯人の姿ヲ写し取るヨ」
新たにガーゴイルを召喚した魚面は、測量士たちから借りた予備のカメラを見せた。
カメラといっても、被召喚者がたまたまポケットに入れていたというデジカメだ。
「お、おう。しかし、いよいよ出てきたな電化製品が……」
まあ、ドライヤーにイルミネーションなど、勇者自治区では散々見てきたモノではあるが。
改めて見るとギョッとするものだ。
しかもコンパクトなボディでデジタル一眼レフに匹敵するほどの機能を持つという「1インチコンデジ」だ。
予備のものといっても、さすがにカメラは貴重品で、貸せるのは1個だけだという。
これだけのものを、気前よく貸してくれるミウラサキたちには感謝しかない。
「これをイチバン見晴らしのイイ屋根の上にいるガーゴイルに持たせるヨ」
「は、ガーゴイルに持たせる? 撮影できるのか? ……壊しはしないだろうな?」
一気に不安になった。
「心配ナイ。測量士サンたちから、やり方教えてもらっタ」
「電池とかって、どうしてるんだ?」
魚面は、精霊石が取り付けられて魔改造された充電器を掲げて見せた。
エルマが覗き込む。
「電池の充電は、炎の精霊石による熱電発電、いわゆるゼーベック効果によって行うみたいですわね。こういうSFみたいな設定は、ツッコミどころが多いから考えるのは止めましょうね直行さん♪」
「……そうだな」
◇ ◆ ◇
「直行ク~ン。どうも~。準備OKでーす」
自動車の充電を終えたミウラサキが、俺を呼んだ。
「英雄ミウラサキさんを足代わりに使ってしまうなんて心苦しいです……」
「気にしないでくださーい。ボク一人でテスト運転するよりは、ずーっと楽しいからー」
「恐れ入ります……」
俺は、おそるおそる自動車の助手席に乗った。
「じゃあ、出ます。どうも~」
せっかちな彼は、すぐ車を発進させた。
俺は、エルマたちにもう一声かけそこねてしまい、窓を開けて手を振った。
「はい。直行さま。いってらっしゃいませ!」
風の精霊術を使って、レモリーが見送りの言葉をかけてくれた。
勇者自治区へ向かう車中は、俺とミウラサキの2人きり。
正直言って、気まずい。
「……今日はよろしくお願いします」
「どうも~」
初対面のときは、レーシングスーツなんか着てファンタジー世界には場違いな兄ちゃんだなとしか思えなかった。
いや、今もその印象は全く変わっていないのだが……。
「…………」
この2カ月で、俺も勇者自治区の影響力の大きさが身に染みて分かった。
魔王なき世界で、彼らがもたらす技術革新による社会変革も、凄まじいスピードで進んでいる。
そんな魔王を討伐した1人であるカレム・ミウラサキ。
小夜子もその1人だけど、本人たちと交流してみると、2人ともそこまで凄い英雄だとは実感できないのだ。
ナンバー・ツーのヒナ・メルトエヴァレンスは大物オーラ全開なので、かえって距離がとりやすいのだが……。
「……ミウラサキさん。こんなにまで親切にしてくれて、恐縮です」
「直行クン。緊張してる? 音楽でもかけようか?」
「大丈夫です。ミウラサキさんが聴きたい曲があったら、聴いてください」
「うん。あ、これはヒナちゃんの歌か。ボクのはまだ先だな」
ミウラサキが取り出したのは、小型のメモリーカード。
再生すると、まるで歌姫のような歌唱に圧倒される。
この歌声はヒナだ。
歌っているのは、00年代に流行ったJポップか。
「この間、みんなしてカラオケ行ったんですよ~。ヒナっち久しぶりに小夜子ちゃんと会って。ボクも呼ばれてちょっとだけ合流したんですよ~」
「そうみたいですね」
……確か、エルマがギャン泣きした夜だ。
俺たちが月虹に誓っていた同じ夜に、ヒナと小夜子は母娘水入らずの時を過ごしていたのか。
「これ、その時のカラオケを録音したものです。ボクの歌もありますよ、ええと……ええと」
自動車を走らせながら曲を飛ばしていくミウラサキ。
やがてアニソンっぽい感じの勇ましいイントロが鳴り、彼は鼻歌を歌い出した。
「フフンフフーン、ンフフ、フンフフーン! フン! フン! フ~ン!」
続いて本人による、調子はずれの歌が響き渡った。
車内に響き渡る、素人がカラオケで歌った戦隊モノの主題歌。
◇ ◆ ◇
自動車は歌声と共に、旧王都を目指して石畳舗装された街道をひた走る。
どこまでも広がる草原。
エメラルドグリーンの空と、はるか遠くを遊泳する聖龍の影。
「フンフンフフーン、フンフフーン!」
ミウラサキは律儀にもイントロや間奏の部分も鼻歌で合わせる。
車内の速度計は時速180キロに振り切れている。
車窓を流れていく景色。
ワーゲンバスのような自動車は、飛ぶような速さで進んでいった。




