258話・魚面さんとこのガーゴイル
「ところで直行さん知ってますか?」
測量士の1人が声をかけてきた。
「ん?」
「農業ギルドの人たち、ガラが悪いでしょう。あれ、どこも大抵そうなんです。中には農閑期に街道へ出て盗賊みたいな事をやってる人たちもいますよ」
それは意外だった。
しかし、仁義を語るクバラ翁がついていてそれはないと思うけど……。
「いくら何でも、野盗って事はないと思うけどなぁ……」
「確かに、魔王が倒されてからは豊作続きで、野盗も少なくなってるのは事実ですがね」
「オレら転生者なんで、元の世界の平和と、この世界の物騒なところは両方知ってるつもりっす」
「そうだな。現に俺も物騒な目には遭った……」
「用心してくださいよ」
「おう」
その後も俺たちは他愛もない話をしてあぜ道を歩いた。
測量士たちの多くが、転生者として苦労を重ねてきており、勇者トシヒコらに救われた者たちだそうだ。
彼らは必至でインフラ整備や町づくりに邁進している。
「元の世界に戻れないオレらは、この世界を楽園にするお手伝いをしたいんですよ!」
「ロンレア領に必要なモノがあったら、言ってください」
「住みやすい世界をつくりましょう!」
目を輝かせて、そう語る彼ら。
ヒナちゃんに関してもそうだったけど、俺は熱っぽく夢を語る彼らを見ていると不安になる。
俺自身悪徳商人なので、彼らを否定する権利は微塵もないのだけれども。
◇ ◆ ◇
屋敷まで歩いてくると、屋根の上に見慣れない石像が置いてあった。
ランプの明かりが届かないのでよく見えないが、もう1体、ミウラサキの自動車が停めてある庭先にもある。
「はい。お帰りなさいませ皆さま」
玄関前で、レモリーが待っていた。
闇の中から、暖かな光と共に浮かび上がるクールビューティー。
彼女は火の精霊を手にして静かに微笑んでいる。
「この別嬪の従者さん、精霊術の使い手でもあるんですか」
精霊を従えたその姿に、測量士たちは息を呑んだ。
「はい。皆さま、当家自慢の露天風呂はいかがでしょう。お酒の用意もしてございますが、お疲れの方はそのままお休みになられますか?」
レモリーは測量士たちを屋敷に招き入れた。
俺は、屋根に取り付けられている石像が気になり、しばらく目が離せなかった。
「ガーゴイルですわ♪ お魚先生が召喚したんですの」
「おお、エルマか、いつの間に」
「夫の帰りをお待ちしておりましたわ♪」
客たちが露天風呂へ向かったのと入れ違いに、エルマと魚面が玄関に出てきた。
魚面は表皮仮面でゆるふわ美人に変装しているが、実戦時に着用する深緑色にオレンジ幾何学模様のボディスーツを着ている。
「おかえりなサイ、直行サン」
「その格好は……?」
「ガーゴイルを召喚しテ手懐けたんダ。ホラ、アレがソウ」
魚面は光球を手に浮かべると、石像の方へ放った。
光の弾は、禍々しい石像を照らし出した。
「見えましたか直行さん。キモいですわね~♪」
「ワタシの駒を侮辱シナイ!」
「ぎゃぺっ」
魚面は手に魔力を込めて、愛弟子エルマに愛のムチを放つ。
電撃を浴びせられた彼女は、小さく悲鳴を上げた。
「ガーゴイル? 何のために?」
「玄関先では何だかラ中で話そウ……」
魚面は素顔を奪われているため、実際はのっぺらぼうだ。
今の顔は仮面なので表情は伺えないが、深刻そうな声色だった。
「従者サンにも聞いておいてモラオウ」
◇ ◆ ◇
魚面に誘われて、俺たちは地下の拷問部屋へ向かった。
俺とエルマとレモリー、そして魚面。
机も椅子もないので、立ったまま話す。
「はい。お客様のお世話は大丈夫でしょうか?」
「ミウラサキ一代侯爵たちはお風呂でしょう♪ レモリーが行って背中でも流して差し上げたらいかが?」
「いいえ。私は房中術を修めていませんので。そのようなお世話は無理です」
茶化すエルマに真顔で答えるレモリー。
「ガーゴイルが監視していルから、風呂かラ上がったら連絡させル」
魚面はサラリと、監視という言葉を使った。
「監視。なるほど、屋根のガーゴイルはそういう目的か……」
「全部で6体召喚シタ。留守中あっタ事を話そう……」
彼女は、俺たちの留守中にロンレア領で起こった事を語りだした。




