25話・中年同士の色恋(?)と呼ばれて
化粧品のラベルを貼ったマナポーションを広げて、俺は店主に尋ねた。
「売れませんかね?」
「ええ? これを買うような酔狂な御仁などいるはずがない」
「被召喚者や転生者にはウケるかも知れませんよ?」
「はっはっはっ……御冗談を」
「…………」
……冗談、か。
その時、俺の頭の中にひとつのアイデアが浮かんだ。
「……ご店主。唐突ですが、ひとつ提案があります」
間髪を入れずに、俺は切り出してみた。
正直、苦し紛れと言ってもいい。
俺はボツ案になった羊皮紙ラベルを貼った小瓶を、テーブルに置いた。
「この羊皮紙のラベルのマナポーションを〝時価〟の値札をつけて置いてください。値段を聞かれたら20000ゼニルで売ってください。もし売れたら取り分は6-4で良いです」
「詐欺同然の商品を、さらに高い値で売ろうというのですか?」
店主は目を丸くして驚いた。
俺は動じないふりをして、できるだけ不敵な表情をつくった。
「〝スキンケアという発想と体験を売る〟と〝売り主は述べていた〟と伝えてくれればいいです。ご店主は詐欺だの何だのボロクソに言ってくれて構いませんよ」
「商人を見くびらないでください。そこは公正にご提案させていただきます」
店主は片方の眉を上げて、こちらを見た。
お前も二束三文で買い叩いた宝石を30倍以上の金額で売ってるけどな。
「まあ、売れはしませんでしょうがね」
「置かせてもらえるだけでもありがたいですよ。あ、ちなみに俺は住所不定無職なんで、連絡は異界風って飲み屋によこしてください」
「かしこまりました。私どもからの連絡は〝銀時計〟とご承知おきください」
滞在先をロンレア伯爵家と言うわけにもいかないから、妥当な判断だろう。
住所不定無職と自称したとき、少し悲しく思ったが……。
ともかく、機会の種をまいた。
俺は古物商を後にする。
◇ ◆ ◇
屋敷に戻った俺は、夕食後に自室にレモリーを呼び出した。
そこで、奥方によるルビーのネックレス売却の件を打ち明けた。
「いいえ。まさか奥様が……」
念のため、声が外に漏れないように風の精霊術で声の届く範囲を極限まで絞っている。
「間違いなく古物商に出入りした」
「……意外です。そのようなことをする奥様ではありませんから」
古物商へ奥方のルビーの首飾りを調べに寄ったつもりが、思わぬ事になっちまったけど……。
それはまた、、別の話だ。
「エルマには言ってない。打ち明ける前にまず、レモリーさんに相談しようと思ってさ」
「……はい。お気遣いに感謝します」
「じゃあ、やっぱりエルマは知らないんだな」
レモリーには本当に心当たりがないようだった。
一人用の小さな丸テーブルにマー茶を入れたカップが2つ。
俺はランニングと短パン一丁で、レモリーもキャミソールのような肌着姿。
俺はベッドに座り、レモリーは椅子に腰かけている。
誤解されてしまいそうな絵面だが、話の内容は深刻だ。
「詳しく詮索する気はないけど、このお屋敷にはマナポーション以外にも借金があるのだろうか?」
「いいえ。ご当主様の領地から上がっている収益は、キチンと管理されていますし、帳簿にも特に問題はありません」
「気になることがあれば知らせてほしい。このことは当面2人だけの秘密にしておこう」
「はい……直行さん。ところで、ひとつお伺いしてもよろしいですか?」
改まって、レモリーは俺に尋ねた。
「直行さんは元の世界から強制的に連れてこられたのに、お嬢様にとても協力的です。それどころか私や、奥様の心配までして下さいます」
「ん? そこまでじゃないよ」
『呪い』の件もあるしな。
「いいえ、帰りたいなら暴れたり、脅したり、人質を取ったり強硬な手段を取ることもできたのに。あなたはそんなことはしなかった」
実際のところ、反抗とか召喚された直後以外では考えたこともなかったな。
それは、エルマとレモリーが悪い人たちじゃなかったからだ。
いや、お嬢様は微妙に悪い人だが……。
「しいて言えば、俺が〝大人〟だからじゃないかな」
「いいえ。直行さまはお若いですが……」
「確かに若返ったが、32年を生きてきた。あんまり報われなかったけどな……」
「……そうですか」
「あー。それと、召喚師と精霊術師にバトルで勝てる気がしないってのもある」
「いいえ。直行さまは優しい人です。もし、借金が返せなくてロンレア家が潰えるようなことになっても、あなたが元の世界に戻れるように私は手助けをするつもりです」
レモリーはまっすぐに背筋を伸ばして俺を見ていた。
この人は本当に几帳面でマジメだ。
「あ、ありがとう。でも、エルマお嬢様の責任まで、レモリーさん、あなたが背負い込まなくても」
俺は照れ臭くなってしまって、しどろもどろだ。
その時、部屋のドアが派手に開け放たれた。
血相を変えたエルマが怒鳴り込んできたのだが、風の精霊術で音を消していたため、気づくのが遅れた。
「直行さん、リアクションの薄い朴念仁かと思いましたが、当家の敏腕メイドを肌着で私室に連れ込むなんて、とんだ肉食野郎ですわね♪」
エルマは声の届く距離までズケズケと入ってくると、強い口調でまくし立てた。
「いいえ、違いますお嬢様! これは……」
「レモリー! 静寂の精霊術を使ったという事は、いやらしい声が漏れるのを防ぐためですね!」
「いいえ」
「違うんだ! 誤解だ」
「あたくしも中年同士の色恋に口をさしはさむほど野暮ではありませんけれども! 一刻も早く借金を返さないとこの館まで差し押さえられてしまいますのよ! いいことお二方!」
ほとんど一方的に喋って、エルマはプイッといなくなってしまった。
全くの誤解だけれども、話を聞かれたわけでもなさそうなので良しとしよう。




