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257話・「直行さんパねえっす」

「ミウラサキさん! ホント申し訳ない!」


 酒に弱いミウラサキに、(エルマが)何度もお酌をしてしまったことを詫びた。

 幸い、浄化魔法で体内のアルコールを消し去った彼は、キョトンとしている。


「ハハッ。直行クンは大げさだなあ」


 ギッドたちは俺たちの様子を伺っている。

 ここでミウラサキが怒ったら、彼らの思うつぼだったかもしれない。


 だがミウラサキは、おおらかな性格のようだった。

 ひょっとしたら、俺たちを気遣って味付けのない料理も「うまい」と食べてくれたのかもしれないが、そうは感じさせないので、本当のところは分からない。


「皆さん今晩はウチの屋敷へ泊まってください。とりあえずこの場はお開きにしましょう」


 俺は測量士たちにそう告げた後、ギッドの方へ足を運んだ。


挿絵(By みてみん)


「ギッド。酒宴はこれでお開きにするけど、よろしいか? 酒と料理の提供を感謝する」

「そうですか。後片付けは私どもにお任せください」


 俺とギッドは、何事もなかったかのように涼しい顔だ。

 その様子を、クバラ翁は静かに見ている。

 農業ギルドの若い衆は、挑発的な身振りで俺を煽っているようだ。

 

「皆さんとは行き違いもあるようだが、俺としては力を合わせていきたい。わがロンレア領の発展のためにも、よろしく頼む。皆さんを悪いようにはしない」


 俺はギッドと握手をかわそうと手を差し出した。


「へっ!」


 農業ギルドの若い衆が野次を飛ばす。


「よさねえか!」


 農業ギルドマスターのクバラ翁が若い衆を一喝した。


「渡世の仁義は忘れちゃならねえ。領主さまも、そうでごぜえましょう?」


 そして含みのある言い方をして俺を見た。


「クバラさん。無論です」


 思うところはあるけれど、俺は真面目な顔で頷いた。

 ギッドは涼しげな顔で、手を差し出してくる。

 俺とギッドはこの世界流の友好の証として、お互いの手の甲を合わせた。

 続いて転生者であるクバラ翁と、手のひらを重ねる握手をする。


 ◇ ◆ ◇


 ギッドたちと別れた俺たちは、車を置いて徒歩で屋敷へ向かった。

 エルマ以外は全員飲酒してしまったので、道交法のない世界ではあるが危険なため運転はしない。


「浄化魔法で体内のアルコールは完全に除去されてるから、ボクが運転してもいいけど?」

「でも、車はもう1台あるんですよね」


 正直、役場に車を置いて帰るのはリスクが大きい。

 ディンドラッド商会はともかく、農業ギルドの若い衆に車を傷をつけられないとも限らない。


「荷物も積んでるから、全員は乗れないだろう。レモリーとエルマはミウラサキさんを頼む」

「直行さん、お忘れですか? 測量士さんたちの中に、浄化魔法と回復魔法が使える方がいらっしゃいますわ♪」


 そういえば、忘れていた。

 というよりも、俺は魔法が使えないので、今ひとつ魔法の事はピンと来ないのだ。


「じゃあ、それぞれ分乗しましょう。俺は酔い覚ましに歩いて帰るので、レモリーの案内で先に露天風呂に入っていてください」


 俺は夜道を歩いてみたい気分だったので、そんな事を口走ったのだが……。


「夜の散歩とは風流でいいや。自分らも一緒に歩いていいですか」

「浄化魔法で酒を抜くと、一瞬でシラフに戻ってしまうので、酔いが醒める余韻が味わえないんですよね」

「そうそう。二日酔いの時は浄化魔法に限りますけどね」

「おいおい、それじゃあ2台目の運転手がいなくなっちまうだろ」


 6人の測量士のうち、ジャンケンで負けた者が浄化魔法を受けて車を回すことになった。


「レモリー、先に着いたら皆さんの部屋割りと露天風呂の準備を進めておいてくれ」

「はい。承知いたしました」


 ◇ ◆ ◇


 ロンレア領の邸宅はセントラル湖に面した南の端にある。

 徒歩だと1時間くらいだろうか。


 街灯もない夜のあぜ道を、俺たちは屋敷に向かって歩いている。

 それぞれがランプやカンテラを手にしている。

 ジャンケンで負けた1人を除いた測量士5人と俺の計6人。


「……直行さん。パネェっすよね」

「え? 何が?」

「ディンドラッドの塩対応に、神対応で返したじゃないすか」

「マフィアみたいなギルド長にも一歩も引かねえんだもん。スゲェっすね」


 屋敷までの道中、測量士たちはしきりに感心してくれた。

 ディンドラッド商会と農業ギルドによる嫌がらせが、かえってドン・パッティ側との信頼関係を強化させてくれたのは皮肉なものだ。


「おだてたって、露天風呂と追加の酒ぐらいしか出ないぞ」

「露天風呂マジっすか? 最高じゃないっすか」


 男ばかりの夜歩きも、悪くないものだ。

 複数の男子で、夜のあぜ道のような場所を歩くのは中学の時以来だ。


 野球をやめてからは友達とは無縁だった。

 仲の良かった奴らとも疎遠になって、以来ずっと独りだった。


 小学生の頃はエースで4番、クラブ活動の中心にいた俺は、野球をやめたことで孤立した。

 市内ではトップクラスの投手でも、県内ではそこそこ。全国レベルには遠く及ばなかった。


 ちっぽけなプライドと劣等感から、他人と距離を置くようになった。 

 高校でも大学でも、自分から壁をつくっていた。

 会社をやめてネットの広告収入で暮らしていたのも、人と関わらなくてすむからだ。


 どこまで行っても曇り空のようだった日常が、この世界にやってきてからは賑やかなものに変わった。


「直行さん、パネェっす!」

「ウェーイ」

「ウェイ」


 なんだか人生で初めて「ウェーイ」を間近で聞いた気がする。

 測量士たちはすっかり打ち解けて色々と俺に話しかけてきてくれる。

 体育会系のノリは、野球をやっていたあの頃を思い出させた。


 それにしても、思う。

 他人を避けてきた俺が、こんなふうに自然と人と交わるなんて思いもしなかった。


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