255話・グルタミン酸ナトリウムを召喚しよう
「はい。ミウラサキさま。葡萄酒はいかがですか?」
「どうも~」
俺の耳打ちを受けたレモリーが、笑顔でミウラサキにお酌をする。
ミウラサキは嬉しそうにしながら葡萄酒を一気に飲み干すと、また勢いよく料理に手をつけた。
豪快に食べる食べる。
「はい。皆さま、葡萄酒はいかがですか?」
続いて測量士たちにお酌をして回る。
笑顔のクールビューティーに酒を注いでもらって、測量士たちもまんざらではなさそうだ。
「こんな美人さんに、お酌をしてもらえるなんてサイコーです」
「自治区の公式行事では原則、女性のお酌は禁止なんですよね。でも強要じゃなければ、自分としては嬉しいです」
「いやぁ、盛り上がってきましたねー」
「ウェーイ」
測量士たちは楽しそうに奇声を上げている。
俺は、横目でギッドたちの様子を見る。
涼しい顔をしているが、内心はどうだろう。
味付けの全くない、見た目だけは豪華な料理で、宴席の雰囲気を微妙にさせる。
彼らの行為が意図的なのか、単に味付けを忘れただけなのかどうかが分からないのでモヤモヤするが……。
目的があるとすれば、ミウラサキの機嫌を悪くして、ドン・パッティ商会と俺たちの良好な関係を崩す事だ。
ミウラサキは豪商の御曹司だ、普段から美味いものを食べ慣れているところへ下手な料理を出せば、領主である俺やエルマだって恥をかくことになる。
かといって、「わざとだろう!」とギッドやギルドの面々をなじるわけにもいかないし。
全員で白を切られたらお終いだ。
「ここに知里さんがいればなー。一発で分かるんだが」
知里の特殊スキル『他心通』の前では、皆が皆、内心の悪意を隠し通すことなどできないからな。
「直行さん。このお肉ハチミツをかけると、と~っても美味しいですわよ♪」
俺の気苦労をよそに、相変わらずエルマはマイペースだ。
肉にハチミツをかけて上機嫌だ。
よほど甘いのが好きなようで、ありとあらゆるものにハチミツをかけている。
まあ、奴の事は気にしないでいいか。
「直行さん。あたくしのこと無視なさいますのね?」
エルマが、わざとらしくむくれている。
「実は、こんなこともできるんですのよ♪」
彼女は、レモリーが持ってきた空の小壺をナフキンで包んだ。
まるで手品をするように、ギッドたちからは見えない位置で召喚術式を描く。
一瞬、魔方陣が浮かび上がり、消える。
小瓶の中は、白っぽい粉で満たされていた。
よく見ると細長くて半透明の形状。においは無臭。
「なにこれ?」
「純度99.0%のグルタミン酸ナトリウム♪ いわゆるうま味調味料ですわ♪」
エルマは得意げに言った。
「食べ物を召喚するのは難しいって言ってなかったっけ?」
「味覚って個人差が大きいですから、明確にイメージしづらい。その点、化学調味料ならお手のものですわ。吹き矢の毒が召喚できるんですもの、ね?」
「毒と一緒にするなよ……」
しかも、いくらうま味調味料とはいえ、客人の料理に白い粉をかけるのは印象が良くない。
「レモリー。この葡萄酒を煮たたせる事はできるか? 彼らにバレないように」
「はい。酒杯の中に炎の精霊を最小単位で落としましょう」
ギッドたちにバレないよう、陶の酒器にワインを注ぎ、炎の精霊を忍び込ませる形で煮沸させるのだ。
レモリーが燭台を指さし、細く長い指で精霊を招く。
燭台の炎から、赤い蛍のような光が飛んできて、ワインの入った酒杯に落ちた。
俺とレモリーは、エルマが召喚したグルタミン酸ナトリウムを、煮沸したワインに混ぜて万能ソースを作った。
「悪くないな」
「はい。とても派手な味です」
味見したところ、ワインの風味を圧倒する、派手なうまみ成分が炸裂するソースになった。
さっそく、このインチキ万能ソースを、ミウラサキや測量士たちに出した。




