254話・味のない料理
一向に始まらない歓迎の宴。
客人たちに不安の色が見て取れた。
ミウラサキは笑顔だが、彼のいつもの癖で小刻みな貧乏ゆすりを繰り返している。
(ギッド! 何してるんだ。進行してくれ)
段取りを打ち合わせようと先に言ってきたのは助役のギッドの方だ。
なのに、なぜか彼は動かない。
「…………」
故意だとすれば、客人を歓迎しないという意図……なのか?
理由はいくつかある。
ディンドラッド商会から、俺がロンレア領の経営権を横取りしたと思われている点。
元はといえば、エルマの父が領地経営を商会に丸投げしたからなのであるが、正当な領主であるロンレア父娘ならばともかく、俺は余計だ。
その余計な者が、商会のまとめた収穫高に難癖をつけてライバルのドン・パッティ商会を介入させた。
それに加え、よりによって御曹司で勇者パーティの英雄ミウラサキ当人を現地入りさせた。
まあ、ディンドラッド側にすればブチ切れ案件……なのかもしれない。
だが、俺としてはディンドラッド商会を敵に回すわけにもいかない。
領地経営には、事務方も含めて彼らの協力が不可欠だ。
「とりあえず宴の挨拶だけでもやっておかないとな」
俺は何事もなかったかのように笑顔を作り、皆に挨拶した。
「ディンドラッド商会の皆さん、農業ギルドの皆さん、お忙しい中、酒宴の支度をありがとうございました」
「…………」
反応がない。まるで無視だ。
俺は気にせず、挨拶を続けた。
「この度はわがロンレア領と勇者自治区との共同事業を始めるための第一歩として、英雄カレム・ミウラサキ侯爵と、スタッフの皆さんにお越しいただきました。ミウラサキ侯爵をはじめ、皆さまお忙しい中ありがとうございます!」
そしてミウラサキに目配せして、「どうぞ」のジェスチャーをした。
「どうも~。ご紹介に与りましたミウラサキです。もっとも、ディンドラッド商会の皆さんには、ジルヴァン・ドン・パッティと名乗った方がいいでしょうか? 共に栄えてまいりましょう~。どうも~でした~」
「皆さま、ミウラサキ侯爵に盛大な拍手をお願いします!」
俺は測量士たちの方を向いて威勢のいい声を出した。
彼らは俺の意図を汲んで、大きな拍手を送ってくれた。
それに引っ張られるように、ギルド関係者および役人たちからもまばらな拍手が起こる。
ギッドも醒めた笑顔で拍手していた。
「それでは、今宵は宴といきましょう。乾杯!」
俺は酒杯を掲げて乾杯の音頭を取った。
「乾杯!」
ミウラサキや測量士たちもそれに続き、エルマやレモリーも茶器を掲げる。
こうして、どうにか宴会の開幕まではかこつけた。
後は飲み食いしながらお開きにすればいいのだが、事態はこれで収まらなかった。
「直行さん。この料理。味がついていませんわ……」
エルマが俺の耳元で囁く。
試しに肉料理を口に運んでみて驚いたが、臭み消しのハーブは使われているものの、塩や胡椒などの下味がまるで付いていない。
鯉のあらいにしても、酢味噌のようなものに付けて食べたいと思うが、何の調味料も用意されていなかった。
一見、問題なさそうな味噌仕立てに見える鯉こくも、ほぼ素材のまま。
「これ……」
「味がないっ……?」
測量士たちは料理に一口つけ、肩をすくめた。
「この地方独特の調理法とか、素材の味を活かした、薄味なんじゃないか?」
「いいえ。味付けが全くなされておりません。そのような調理法は、まず考えられません」
レモリーが険しい表情で言った。
念のため風の精霊術で、会話が漏れないように警戒しているようだ。
「たとえば塩が貴重だとか、うっかりミスってことはないか」
「領内で岩塩が採れますから、貴重なものでもありませんわ。冷蔵庫のない世界ですから、肉や魚は塩漬けが基本です♪」
「貴人をもてなすために、あえて無塩の食事を提供するっていう風習もないわけだな?」
俺は役人たちや農業ギルドの方を盗み見た。
ギッドとクバラ翁は涼しい顔だ。
ふと気づくと、彼らは自分たちだけ、別の小皿に用意した調味料で味を調えながら食べている。
「あら? あの調味料は、この地方の万能ソースですわよ♪ 独特の旨味があって、肉でも魚でも美味しくいただけます。こちらの席には、まったく用意されていませんけれどもね♪」
エルマがこそっと教えてくれた。
俺の視線に気づいたらしい農業ギルドの男たちがニヤニヤ笑っている。
よく見ると彼らの席には万能ソースのほかにも、すりおろし野菜が入ったたれのようなものや、オリーブオイルのようなもの、胡椒のようなものなど、多彩な調味料が並んでいた。
俺は席を立って、ギルドの一人に声をかけた。
「すみませんが、その調味料の小皿を、ミウラサキ侯爵と測量士の皆さんにも出してくださいませんか。それから、麦酒と葡萄酒の追加をお願いします」
さすがに領主の指示だ、断れまい。
動かなければさすがに嫌がらせと受け取ることにしよう。
「おぉい! 誰か酒と塩を客人に持っていけーい」
クバラ翁の一声に、若い衆たちが動いた。
俺たちの前に、塩を盛った皿と、葡萄酒の入ったアンフォラが運ばれてくる。
細長い酒器には細かな装飾が施されていて、見るからに気品がある。
料理の盛り付けにしても食器にしても、見た目は素晴らしい。
それはいい。
だが……。
「これみんな、塩を振って食べるんですの?」
エルマが口元を抑えながら俺に囁く。
俺もさすがに閉口した。
「すみません、塩じゃなくて、あの万能ソースが欲しいって言ったんだけど」
給仕に来たギルドの男に、俺は念を押した。
「申し訳ございませんね。生憎、ソースは切らしてしまって」
男は悪びれた様子もない。
「あ、おじさん。クバラお爺ちゃまに言って、あたくしにはハチミツください♪」
隣で甘党のエルマがちゃっかりとハチミツをねだっている。
どうでもいいが、この世界でハチミツは非常に高価だ。
俺は生ぬるい麦酒を飲みながら、どうしたものかと考える。
ふと気づくと、レモリーが席を外していた。
慌てて見回すと、ちょうど小さな壺を抱えてこの部屋へ戻ってきたところだった。
「レモリー、どこへ行ってた? その壺は?」
「はい。厨房です。直行さまがご所望した万能ソースの壺をとって参りましたが、中身がすっかり空でした」
まさか捨てられたのではあるまいな……と、勘ぐってしまう。
そんなとき、ミウラサキの弾むような声が場を和ませた。
「美味いですよ! うん! 美味い。これは鹿、これは羊肉ですね! 鯉まであって、豪勢だなあ~! 盛り付け、どれも実に見栄えがしますね! 見た目がこう華やかだと、気分が楽しくなりますね!」
ミウラサキは、いい笑顔で美味しそうに食べている。
あまりにも屈託がないので、味がなくても大丈夫な人なのだろうか? と思ってしまうほどだ。
それとも、周囲のギスギスした空気を和らげるために、わざと美味しそうに食べているのか?
いや、芝居や計算ができるような人には見えないけれども……。
彼の本心は分からないが、この食べっぷりが背中を押してくれた。
俺も彼に習おう。
「エルマ、レモリー。できるだけ美味しそうに食べよう」
「はい。ですが、商会に味付けの件を指摘しなくてよろしいのですか?」
「それよりも、レモリー、俺と一緒に測量士さんたちにお酌をして、楽しい会話で盛り上がってもらおう」
俺は、ディンドラッド商会と農業ギルドの嫌がらせ(?)に対して、笑顔で完食作戦を決行することにした。




